無事是名…

  • 2017.04.24 Monday
  • 17:35
ウィズダム英和辞典による、[pierce] の説明:
pierce.jpg

「突き刺す」ものなので、耳朶をはじめ身体につけるモノでも、一般には先が尖っている。だが、そうするとオーバーヘッド型のヘッドフォンを使うときに支障が出る。突き刺した先の部分が耳朶の裏の皮膚を更に突き刺すことになり、痛い。そういうワケで「立爪ピアス」を使っている。こんなの:
piercing-nana_lsi3_2.jpg

なかなか快適である。


さて。

昨日、京都在住の工学部時代の旧友が遊びにきた。拙宅アパートの最寄り駅に降りて一言「何もないところだな」。続いて「それがいいな」。茶店どころかスタバもドトールもない。ファミレスもない。但し、犯罪もない(聞かない)。夜になると町が死ぬ。大阪梅田へのアクセスタイムも50分程度。運賃の高いのがキズだが、治安と環境の良さや子育てのしやすさとバーターできる。

「何もない」とは、実は大きなメリットなのである。情報伝達網がこれだけ発達すれば、端末さえしっかりしていればよい。LTEの回線速度は常時20MB(下り)出る。実書店がないのはかなり痛いので、これだけはなんとかならんかと思うのだが、それ以外で大きな不満点はない。診療施設も皮膚科以外は一通り揃っている。歯科などはあり過ぎて、一つが潰れたくらいである。

他方、ここの自治体の南部は再開発とやらに懸命である。従前の古い施設群を撤去したのはよいが、跡地をどうするかで揉めている。「何かを造(作)らねばならぬ」という強迫観念でもあるようで、「どうやったら賑わいを創出できるか」という不毛な議論が市議会で行われているそうな。

「何もなくていいじゃないか」。

更地にしてサッカーでも野球でも、使いたい人が使いたいように使えばいい。だが、「ゴミが散らかったら」「事故が起きたら」「不良のたまり場になったら」。

今でも市内の公園には、事故が起きても市は責任を持ちませんというような看板が出されている。「んなモン、当たり前やんけ!」と小生は思うのだが、事故が起きたときにとんでもないことを言い出す輩がいるのだろう。

更地にするのではまずいという考えを助長しているのが、地価というものである。市内中心部であるので公示地価は高いのだろう、高層マンションでも建設すれば高い収益が見込める。そうであればこそ複合商業施設を造り、地価相応の「賑わい」を作りたいらしい。しかし、「それは無理です」。

嘗てはNAVIO阪急と呼ばれ、HEP NAVIOという名称を経て阪急メンズ館と名前を変えた施設を見ればいい。大阪市北区の阪急梅田駅直近のビルであるにもかかわらず、1階から最上階まで店員以外の人と出会わずにエスカレーターを使って巡回することができる。立地は西日本で一番、運営主体も阪急というトップブランド。阪急なので大阪だけでなく、京都線・神戸線・宝塚線それぞれの沿線も集客エリアである。それでもうまくいっていないのであるから、沿線の自治体が再開発をしたところで成功するはずもない。

「何もないところ」はそれだけで魅力があるのだが、政治屋の発想は民間のそれより40年遅れている(東京五輪に札幌の冬季五輪誘致、大阪の万博誘致)。イタリアのマルコーニが無線電信の技術を確立させてから二百年余。相手が眼前にいなくても意思疎通する技術が発展してきた。だが、間の前にいなくてはならんらしく、よって新幹線誘致があちこちで行われている。

どう考えても新幹線の通る場所ではないことが、小生の住む自治体の救いである。無論、空港もない。

「何もない」それがいい。

模倣と盗作、パクリ(パクって認めないマキハラ)

  • 2017.04.18 Tuesday
  • 18:34
このブログはただの個人ブログに過ぎない。したがって、それなりのアクセスしかない(4月15日の記事には600近いアクセスがあるのだが、例外)。とはいえ、言葉を紡ぐことが苦にならないのは、大学時代に童話研究会に所属していて、自作の童話集(ぜってーに人には見せないが)も出したからだと思う。

「誰が読むかわからないところに、オノレが選んだ言葉を並べる」このことのどれほど苦しいことかも、そのときに知った。

ここまでを前置きとする。

小生は槇原敬之を嫌いである。彼が覚せい剤の所持容疑で逮捕されたのは1999年の夏。程なく、MDMAの所持も発覚した。薬物に手を出すミュージシャンは多い。もちろん許されるものではないが、ここまでは小生の許容範囲だった。

許せなかったのは、2006年にCHEMISTRYに提供した「約束の場所」の歌詞である。
サビは:
「夢は時間を裏切らない 時間も決して夢を裏切らない」
とある。

松本零士氏の「銀河鉄道999」には「時間は夢を裏切らない 夢も時間を裏切ってはならない」というフレーズがある。

「時間」「夢」「裏切る」
この三つの単語を並べただけでなく、要素の二つを逆転させたフレーズを続けることが偶然続くとは、到底思えない。槇原敬之の「『銀河鉄道999』は読んだこともない」という言い分は事実かもしれない。だが、松本零士氏のこのフレーズを誰かが引用し、それを孫引きした可能性までは否定できない。「全くの自分のオリジナル」としてタクシーに乗り込んだ、槇原敬之の横顔を小生は忘れることができない。加えて彼が吐き捨てた言葉、

「『銀河鉄道』という言葉もパクリではないか!」。

すぐに民主党政権と比較する安倍のアホと同じ。「ナンバーワンよりオンリーワン」?オノレが「パクリのナンバーワン」と認めてからにしてくれ。

バカの犠牲はまっぴら

  • 2017.04.18 Tuesday
  • 16:44
内田樹先生のTweetを三つ、時系列に:









他に選択肢がないという理由だけでは、自民党と内閣の支持率が50%を超えることの説明がつかない。無論、調査方法で数字が変わることは知っている。それでも、50%という数字は誤差の範囲を超えている。

今のところ、安倍晋三とその取り巻きが直接国民に害をなすことはしていない。「じゃあ、それでいいじゃん」と信任してしまうのだろうか。今のこの国には、新聞にもニュースにも触れず、選挙権の行使もしないという輩が相当数存在する。

数学の問題に「このように直線と点を設定したとき、点から直線におろした垂線の長さは」というものがある。幾つかの条件を提示してそこから演繹できるかどうかこそ、試験で問われている能力である。これはどの科目でも同じ。

勉強は苦痛だと思わされるので、メディアが提示する各種資料から演繹することもない。夜は、芸のない芸人が馬鹿騒ぎする番組ばかり。閣僚も「仮に失言しても、後で頭を下げればいい」と増長する。安倍も菅もそれを庇うのだから、安心である。

……、「選挙に行かない奴」と「宝くじを買ってしまうような奴」の税金は多く取っていい。

非言語コミュニケーション

  • 2017.04.14 Friday
  • 15:04
こちらには何の悪気もなかったのである。このことを先に断る。

本日の昼前の、地方銀行のロビーでのできごと。機械が吐き出した整理券を手に、何をするでもなく待っていた。何かをしていればよかったのだと思う。iPhoneのゲームでもメールの作成でも。だが、腐ったような時間を惚け惚けと過ごすのも好きな小生。フロア担当の女性の行員が近づいてきた。近づいてきた瞬間にまずいと思ったのだが、遅かった。

「簡単に作れます♪」というクレジットカードの宣伝、ノルマもあるんだろうな。小生自身は作ることができないことを承知しているので、「いや、あの」「特に興味はないので」とお茶を濁した。しかし、濁ったお茶などノルマが課せられた社員にはスタートの合図に過ぎない。「ちゃんとした仕事に就いているわけでもないので」といっても無駄である「パートやアルバイト、非正規でも大丈夫です!」。

「年間手数料は無料です!」「関西の私鉄に乗るときに定期券としても使って頂けます!」と攻めてくる。「いや、まあ」と逃げる小生に「審査は簡単なものですから」と輪を掛けてくる。向こうがカードを作るためのハードルを下げれば下げるほど、本当のことを言い難くなる。銀行ロビーのセールスには、負けた経験があるのである「誰でも作れますので」。そのときは根負けして、申し込み用紙の所定の欄を埋めた。結果、予想通りの「不可」。

小生の実移動距離は突っ掛けで移動できる範囲であり、電車に乗るのは月に1,2回。それもチケットショップでの割安券で足りている。ICOCAは必要ない。カードでの買い物はデビットカード。レンタルDVD業界のようにデビットを受け付けないところもあるが、大抵のところでクレジットカードと同等に使える。

だが、「デビットカードで足りています」という説明は通じない。セールスはそこを突いてくる「こちらのカードですと、年会費は一切掛かりません!」。確かに一年につき千円を払っている(JALの500マイルが戻ってくるので、実質は500円)。

「簡単に作れます!」「バイトやパートでも大丈夫です!」

「簡単に作れます」とは審査に通るのは簡単ですと同意であり、余程の事がない限り審査には落ちないということ。指定暴力団の構成員でもない限り、とでも言いたそうである。ここに至るまでに整理券番号の呼び出しがあれば助かるのだが、今日はそれがなかった。そうして「誰にでも作れるんですかぁ」「はいっ!」、ここでベクトルを逆転させる台詞を言わなければならなくなる:

「実は以前、そちらのカードを申し込んで落ちたんです」



先方は絶句する。ハードルを下げた分だけ、気まずい思いをさせることになる。それでもこちらに非があるのではない。後ろ遠回しに断っていたのである。

面喰い

  • 2017.04.12 Wednesday
  • 14:38
小生は(自分のことは棚に上げて)、面喰いである。
男の履歴書になるのかどうかは知らない。だが、知性は間違いなく顔に出るし、知性のない人はそういう顔をしている。
基準は己の感性。自分勝手な基準。

ここまでを先に断る。

小生はこの人の顔が好きではなかった。全く知性を感じさせなかったからである。喋っているのを聞いて、それが更に強まった。「国民的スター」?知らんよ、そんなモン。

トヨタからiQというクルマが出たとき、「こんなのに乗っているところを人に見られたら恥ずかしい」と思ったのだが、この人はこのクルマを運転しているところを写真週刊誌にスクープされた。「バカな人の乗るクルマをバカな人が運転している」そのまんまの絵だった。

好きな人は好きでいい。個人の自由だ。だが「国民的」と言われると眉を顰めざるを得ない。要はそこにアベの進める「日本『サザエさん』化計画」が集約されているからである。昭和40年代の野球アニメは全て巨人が舞台であり、野球中継も巨人戦だけだった。土曜日にはその名の通り「全員集合」という番組が流され、家族の全てが家に一台のテレビの前に集まった。大晦日の紅白歌合戦はその集大成。

だが、否定し難く時間は流れているのである。見たいコンテンツがあっても、テレビやラジオの放送時間に合わせる必要はない。また、野球のほかにもたくさんのスポーツがあり、スポーツのほかにもたくさんの魅力あるイベントがある。

「一億総活躍」?一つの目標に一億が一つになる?
知性の欠片も顔に出ていない安倍晋三が宣った言葉。

オリンピックにも万博にも何の興味もない小生。北海道や北陸、九州で進行中の新幹線工事をとりやめ、熊本や福島の被災地や北海道の鉄道の復旧に回せばよい。土建屋が儲かることには変わらないのだから構わない。……、しかし、新幹線や万博、カジノといった新しいものの建設でなければならんらしい。面(ツラ)の悪い連中の思考、嗜好。

なんだかなぁ。

status

  • 2017.04.10 Monday
  • 18:00
拙宅の近くに、新築の一戸建てばかりが並んでいる一角がある。1平方キロくらいだろうか、製鉄所跡地に造られた住宅地。駅へのアクセスも悪くなく、保育園や学校もあり、病院と診療所も一通り揃っている。買い物にも困ることはない。治安も悪くないので「夢の一戸建て」を構えるには十分な条件。

そういうワケで、クルマを二台ほど駐められるガレージを備えた一戸建てが多数。月に数回、ドラッグストアへのショートカットとしてその界隈を通るのだが、新しいのは家だけでなく駐まっているクルマも新しい。新しい家に古いクルマはイカンらしい。クルマは新しいだけでなく、磨き上げられている。軽自動車がある場合もあるが、それはセカンドカーであり、メインは3ナンバーのデカいクルマ。クラウンと(トヨタ)86が並んでいる家もあった。

……、本当に経済力のある世帯ならば、こんなところに一戸建てを構えたりしない。新築の家と高いクルマ。相当大きなローンが組まれている筈である。

「いつかはクラウン」?今ならば、LEXUSや外車もクラウンと同じ位置に入り得るのだろう。「この家とこのクルマを所有するだけの経済力があるのだ」と誇示するため、誇示したいため。そんなモノのために借金に追われる汲汲とした暮らしを送るのか。

「クラウンに乗るよりも軽自動車に乗ることの方がステータスであり、軽自動車に乗るよりもクルマを持たない方がステータス」とは3年前に逝去された、阪大名誉教授の言葉。

今年で築30年になるアパートに住み、軽自動車どころか自転車すらも持っていない小生。

類友(承前)

  • 2017.04.09 Sunday
  • 18:35
「確か、この人の著作にあった表現」と思い乍ら書棚から本を引っ張り出し、該当箇所を探す。しかし、見つからない。
索引にも載っていない。諦める直前に、ネットに当たった。目的とする表現とキーワードでググると、ヒットした。手許の書籍のどこにその表現があるのかもわかったのだが、珍妙な感覚だった。


さて。


「つまり、私の友人知人は皆、アタマが悪いと?」
このように訊かれた小生は、次のように応えるしかなかった、
「そう考えるのが妥当でしょうねぇ」。

県営住宅自治会の、役員会での話。七年近く前になる。全くロジックの通じないバカに、「お前、アタマ悪いんじゃないの?」と小生が宣ったのがきっかけ。5人の役員での話し合いがお開きになった後、そいつが「○○さん、残ってください」と個人攻撃してきた。兵庫県川西市に存在する県営住宅の、二階の角部屋にパラサイトしている独身ハゲ。50歳近い(はず)。

「私、今まで『アタマが悪い』なんて言われたことありませんよ!」と激昂した先方。「それはあなたの周辺が同程度の知的水準の人で構成されていたからじゃないですか?」と当然の推論をしただけなのだが、冒頭の台詞が却ってきた。

ある人がアタマが悪いとして、それは環境にも依存することは否定しがたい現実。小生自身も「アタマ悪い」とは数え切れないくらいほど言われ、言ってきた。類語に「ちょっと考えたらわからんか?」。

大学の学生寮にいた弊害かもしれない。落ちぶれたとはいえ旧帝大の一つであり、文系であろうと理系であろうと五教科の試験を受けて入ってくる。イベリア半島のレコンキスタについて、その名称についてすら無知だった小生に数冊の新書を貸してくれた友人。一般社会ならば「世界史を習わなかったから」というエクスキューズが使えたはずだが、「ならば勉強しろ!」と新書を貸してくれたのである。知らないことが罪なのではなく、知ろうとしないことが罪なのである。

成蹊大学に小学校からエスカレータで上がった安倍晋三。大学へはアルファロメオで通学していたという。まともに勉強せずにきたのだから、近寄ってくる連中の人となりも容易に想像できる。

「アタマ悪い」、言う方か言われる方かどちらが悪いのかは知らない。幾つかの資料を示して「だから、こうだろ?」と示してもアタマの悪い奴は納得しない。客観的資料でもってしても納得しない奴には、何を言っても無駄である。現状は、「アタマ悪い」と宣う側が損をするだけらしい。

学習しない奴の権利が学習した奴の権利に優越する。やってられん。

類友

  • 2017.04.07 Friday
  • 17:03
一昨日、美容室でヘアマニキュアを入れた。毛染めとは異なり、コーティングに近いモノ。よって、髪を傷めることはなく、寧ろ保護してくれる。一年に一回くらい、気が向いたときにやっている。普通の人の3倍以上の薬剤量を必要とするので、特別料金が掛かった。

ただ、この「ヘアマニキュア」という名称は珍妙である。

マニキュアとは手(の指)の爪に施すものであり、足(の指)の爪に施すものはペディキュアという。
[manicure] と [pedicure]

[man(i)] は手を指し(cf. manual labor)、[ped(i)] は足を指す(cf. pedestorians)。よって「ヘアキュア」あたりが適当なネーミングと思われるが、実際は「ヘアマニキュア」が浸透している。大方の日本人の髪は黒いので、その上に色つきのコーティング剤を塗ってもはっきりとわかるような仕上がりにはならない。暗いところで蛍光灯の光を跳ね返せば「おっ!」となり、白髪の部分に塗ったものはきれいに発色する。このくらいの違いが気に入っている。


さて。

この記事のタイトルは「類友」である。「類は友を呼ぶ」の略語であるが、iOSならばデフォルトで出てくる。それなりに通じる表現なのだろう。意味するところは、誰かの友人はその人に似ているというもの。では、「似ている」とは何を指すのだろうか、どこが「似ている」のだろうか?

体格ではなさそうである。ルックス?考え方が似ていれば似るのかもしれない。ここで答えが出てしまった、「考え方」である。好みもそこに含まれるが、言語化可能な類似であることには変わりはない。そして言葉なしに物事を考えるという行為は可能なのかという問題に当たる。人間でなくとも、聡明な犬ならば場を読むことはある。しかし、そこまでである。読んだものから言語なしで演繹することはできない。

「使う言葉が似ている」、類友を簡単に言えばこういうことになる。使う言葉といっても言語を指すのではない。微分積分や三角関数を弄くり回して楽しんでいる連中と、夜中のコンビニの駐車場でたむろしている連中とでは「言葉」が全く異なるはずである。

ここまで考えると、2012年に安倍晋三が首相になってからの多くの大臣の失言と失態も合点がいく。先日の復興相の暴言にしても、あれは失言ではなく「アベの代弁」なのである。アベにすれば自分自身の口から出た言葉ではないので、簡単にクビを切れる。「今村復興相は辞任しろ!」という声が上がっているが、大臣を任命するのが首相である以上、辞任させたところで同じようなのが選ばれるだけである。

アベノミクスはどうなった?アメリカをTPPに参加させる話はどうなった?

権力をバカに持たせた結果である。

報われない社会

  • 2017.03.14 Tuesday
  • 22:09
昨日の新聞を買ってきた。駅のスタンドやコンビニでは当日の新聞しか売っていないので、散歩がてら新聞販売店に足を運んだ。日付の過ぎた新聞は価値がないとされるので、かなり値引いてくれる。産經新聞は当日付けでもワンコイン(100円)らしいが、それよりも安い。

兵庫県の公立高校の入試問題を見たかったからである。公立高校の入試問題というものは、憲法に近い性質を持っている。「ウチの都道府県の小中学校では、このような問題を解けるような指導をしています」という公表だからである。歴史教科書でんでんという輩は、社会科の近現代の辺りしか見ないのだろうが、理科も数学もよい問題が出されている。理科では地震のP波に関する具体的な問題が出され、数学では携帯電話の料金プランを比較させる問題が出ている。国語と英語も奇を衒わない問題。

※兵庫県の今年の問題


さて。


小生は教育という言葉が嫌いである。「社員教育がしっかりとなされている」という言い方があるが、これは雇用者にとって都合よく振る舞うように社員が「訓練」されていることである。雇用者を国の水準にまで引き上げると、義務教育や高等教育になる。そうすると、役に立たない学問は軽視される。学徒出陣では文科系の学生から徴用されたが、「文学や哲学は役に立たない」という為政者の考えの結果であり、今の政府も「自衛隊に協力するなら予算を出す」という方針を進めようとしている。

学者にもバカがいることは否定しないが、アベ水準のバカばかりではないのも事実である。故に軍事研究はしないという学会声明が出された。だが、これは学会だからできたことであって、知的弱者は反対するという概念すら持ち得ず、服従するよりない。

そうして、バカでも総理大臣になれるのだとして学習を放棄する若者がいても不思議はない。それと同時に、賢明な若者は勉強しても無駄だと感じるはずである。なぜなら、社会に於いて有力なポジションにいる者(首相を含む)であっても、漢字入り(ルビなし)の原稿を読むことができない現実を見ているからである。

あるポジションや地位に必要とされる能力を持ち得ずとも、そのポジションにおさまることができる。そうであれば、本来そのポジションにいるべき人が理不尽な理由で排斥されることになる。「結局は家柄」として、経済弱者の子弟は学習を放棄する。これを知って経済強者の子弟は何の学習しても無駄だとして放棄しそのまま大人になってしまう。その典型なのがアベとアソー。

アベとアソーの低劣の言動が報道される回数に応じて、優秀な子どもは芽を摘まれ、勉強が嫌いな子どもは図に乗る。どちらも勉強をしないのだから、全体の平均が下がるのは明らか。

しかしバカな国民、正確には思考を放棄した有権者ほど為政者に都合のよい存在はない。「それでもやっぱり自民党かなぁ」という輩が内閣支持率50%を形成している。「やっぱり」という言葉は、物事を検討する前に有力な選択肢があることを意味し、それを支持する人が少なくないことを意味する。「選挙は自民、野球は巨人」という輩は初手より思考を放棄している。

四捨五入すると五十になる小生、有事に徴兵されるようなことはないだろうし、体力の極めて劣る小生をも徴兵せねばならないような軍ならば、すぐに壊滅する。昨今は高齢者が自動車を運転することによって起こした事故の犠牲者も多いが、それを避けられたとすれば寿命や病気という生物学的要因ではなく、「国家の愚策」によって命を落とす可能性が一番高くなることになる。

戦時中の空襲の犠牲者とその遺族には、未だに何の保障もなされていない。

アベの矛盾について

  • 2017.03.11 Saturday
  • 21:44
中退とは言え、大学の四年生にまでなったので就職活動の経験がある。どこの企業を訪問しても「その分野のトップ企業、トップシェア、ガリバー」であり「ウチの会社がなければ社会が回らない」。

パッケージメーカーに運送業者、ベアリング、計測機器、製鉄……。

……、そうだろうよ。「必要とされる存在」と認識することにはある種の快感を伴う。そういうところを突いたのがアベの「一億総活躍社会」。しかし、誰もが大切な存在と考えることと誰もが社会で活躍する(べき)と考えることは全く異なる。誰しもが上記の企業のような存在になってしまうとどうなるのか?誰か一人が体調不良や家の事情で歯車の役割を果たせないとき、その瞬間、社会全体が崩壊することになる。

もうすぐ始まる春の甲子園、岩手県の不来方高校が21世紀枠で選出された。高知の中村高校も同じ。不来方高校の野球部は10人で、中村高校は16人だという。甲子園でベンチ入りできるのは18人らしいから、普通は強豪校の三年生でも「甲子園出場校なのに、甲子園に出られなかった」という悔しい思いをすることになる。それを考えれば恵まれているとも言える。

けれども中村高校はともかく(その中村高校も1977年に12人で出場したことがあり、その3年前にはあの池田高校が11人で出場している)、不来方高校はプレイ中に二人以上の負傷者を出したらどうなるのだろうか?このことを考えるだけでも、ベンチ入りの定員を満たしている高校でのグラウンドに出ない選手の存在の大きさがわかる。

このような消極的な意味での待機組だけではなく、積極的な意味での待機組も存在する。十年前の阪神である。「JFK」と称された、1イニングずつを分担して抑える投手リレー。相手チームは「6回までにリードを奪っておかなければ」というプレッシャーに襲われた。「JFK」の出番が来ない場合もあった。明らかに負けている場面もあったが、それまでに投げていた投手の調子があまりによかったか、打線が爆発して大量のリードを得ていたときである。このような「出番がないときの『JFK』」はいなくてもいい存在だったか。

話を一般社会に戻す「バックの存在はデカい」。そしてアベの政策にもう一言加える、「女性が輝く日本」。

活躍という言葉が好きな御仁らしい。だが、アベは男女共同参画社会に反対している。「共同」に反対して「輝く」を推し進める?単に夫唱婦随を社会規模にするに過ぎない。憲法24条の改訂も含めて「サザエさん世帯」の拡大、一般化に過ぎない。

小生は「サザエさん世帯」を否定はしない、望む人はそうすればいい。だが、国がそれを推し進めるというのは、他の様式の生き方(同性婚、母子家庭、単身世帯)の否定に他ならない。極めつけが稲田朋美の教育勅語賛同である。稲田朋美は刑法第二百条(尊属殺人罪)の復活も唱えている。父や母を殺した場合は死刑か無期懲役という条文である。親からの虐待など当たり前のように報道されている。当たり前であることを肯定しているわけではないが、そのような現実が存在するのである。女性であるならば、親から強姦されるケースもある。もちろん相手を殺すことは認められないが、このような状況でも相手を殺した場合の刑罰が「死刑か無期懲役」とはあんまりではないか。

参考:
刑法第二百条(現在は削除) 自己又ハ配偶者ノ直系尊属ヲ殺シタル者ハ死刑又ハ無期懲役ニ処ス


ならば反対は?親が子を殺した場合は?
単なる殺人罪である。死刑はおろか無期懲役になることも滅多にない。

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