iPhone 7に関する個人的感想

  • 2016.09.15 Thursday
  • 20:54
小生ののiPad 2(16GB)は、2012年の4月に朝日新聞デジタルを二年間購読することでもらえたもの。「どこまでA5チップでOSのアップデートについていくのだ?」と思っていたのだが、今回のアップデートでやっと対象外となった。ま、HDRとしか使っていないので問題はない。

同時に、A5XであるiPad 3も対象外に。どちらも [9.3.5] が最終バージョン。A4であるiPhone 4は[7.1.2] まで。よって、拙宅のiOSデバイスは5つあるが最新OSに対応できるのはiPhone 5とiPhone 6 Plusの二つだけとなった。iPhone 5(A6)が最新OSに対応できなくなるのも、そう遠い日ではあるまい。

21世紀に入ってからのAppleは、毎年秋に新しい製品とシステムの発表をしている。ユーザも新しい技術に期待をしていて、Appleはそれに応えてきた。だが、技術の進歩は時間の経過と比例するものではない。向日葵ならば放っておいても太陽に向かってぐんぐんと伸びるが、技術は人が開発するものである。

音楽界にも同じような現象は見られて、定期的に新しいアルバムを発表するアーティストがいる。それまでの路線を踏襲したならばマンネリといわれ、新しい路線に挑戦すると「らしさが消えた」と言われる。

今、小生の眼前にあるiMacは [MC812J/A] という型番のもので、Mid. 2011とも言われる。演算速度を始めとする諸元を見ても、最新型と殆ど変わりはない。即ち、数学者や物理学者が特別な演算でもしない限り、言い換えれば一般人が使用する範囲内に於いては、十分な能力を有していると言える。例外は画家であり、彼らの要求に応えるには、まだ進展の余地がある。

しかし、そのような用途でもない限りは、つまりユーザを平均的な現在の日本人と限定するならば、時間に比例する進歩を提示するのは極めて困難である。

携帯電話に限らず、凡そ全ての耐久消費財はライン行程で生産されている。とすると、新しい製品が売れなければライン工は失職する。次に現場の販売員が失職する。一次産業と二次産業の最大の違いは、一次産業は臨界点に達するとその辺りで安定するが、二次産業の場合は臨界点に達した途端に需要が急減しするところである。オーブンレンジや電子レンジ、冷蔵庫を二台買う世帯は存在しない、あるとすれば例外である。

ボタン付きの従来型の携帯電話からスマートフォンへ変わったのは、転機であった。だが、今のところスマートフォンに代わり得るデバイスは見当たらない。ハードでの進展が期待できないならばソフトで期待することになるが、ソフトでも期待できない状況。

映像処理や画像処理の分野ならば伸びしろがある。だが、それ以外は音声認識やかな漢字変換の精度向上くらいしか小生には思い浮かばない。十万円を超える買い替え費用に見合わない。

同様のことは自動車にも言える。小生の先輩に対して、十年以上乗っているシエンタを買い替えないかとディーラーがうるさいらしい。だが、異音や異臭、妙な振動は感じないので乗り続けるという。それでいい。

モデルチェンジした新型が売れなければ、ライン工が失職する。とはいえ、他の職種に就いている人のために無駄な出費をする余裕など、庶民にはない。パソコンや携帯電話でも事情は同じ。


そんなにぎょーさんつくってどーするん?

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