素振り 〜repeat〜

  • 2017.02.06 Monday
  • 17:39
注文していたシークレットピアスが届いた。


ピアス穴を塞がないためのセカンドピアスで、睡眠時での利用も想定している。金属製ピアスの場合、つけたまま寝ると寝返りを間違えると激痛が走る。小生は、ヘッドフォンをつけるときの為に購入した。オーバーヘッドの場合はそれなりの圧があるので、汎用ピアスは辛い。そこで樹脂製のこれを購入。試してみたところ、違和感は全く感じなかった。


さて。


久々に英語の学習についてである。端的に言ってしまえば「質のよい英短文を、繰り返し暗唱するしかない」。

これに対しては「どのような英短文をどのくらい?」という問いが出てくる。英短文の質については個々人によって異なる「暗唱する本人が文法構造を説明できる程度のもの」。どのくらいという問いについては量に於いては「できる限り多くの英文を」、回数に於いては「果てしなく」。

音声教材が簡単に手に入る時代である。シャドーイングできるまでが一つの目安。「イイタイコト」に対して主語を探してきて、それは三人称だから動詞に [s] がついて…と考えているようではいけない。無論、そのような文法的理解は必要である。だが、そこから先は「自転車の乗り方」である「転ばないように反対のペダルを踏みつつハンドルをしっかり握って」。前方に障害物があって乗り越えなければならない場合は、軽く腰を浮かせて衝撃を受けないようにせねばならない。英短文も同じである。もとになる日本文から「過去完了を使って、従属節の主語は省略して」と考えるのは構わない。それを瞬時にできるまで繰り返さねばならない。それができないというのであれば、英語に限らず外国語の習得は諦めた方がよい。

イチロー選手を思い起こせば理解しやすいかもしれない。彼に同じスイングを10回してみてと頼んだならば、10回全て、バットの芯は同じ軌道を通るはずである。「彼は天才だから?」もちろんそうだろう。普通の人の半分以下の練習で彼はこれをマスターしたかもしれない。だが、彼でも練習は必要だったはずである。その完璧なスイングを会得したからこそ、そことは違うコースに来たボールにバットの芯を合わせることが容易になったはずである。

加えて言えば、彼は今でも練習をしている「その技量を維持し更に高めるために」。

ならば凡人は?

一読して理解できる英文を、流れるように暗唱できるだろうか?スローモーションでのイチロー選手の動きを見て、「理に適っている」と納得することは誰でもできる。英文で言うなら「構文がわかった」という段階に過ぎない。これを血肉化するまでひたすら繰り返す必要がある。単純な訓練や作業は誰にとっても苦痛である。腕立て伏せやスクワットは苦痛だが、否、苦痛であるが故に目的意識を持ってやる者とそうでない者との結果は歴然である。

中学や高校の体育会系の部活では、ペナルティとしてランニングを課するところがあるが、愚の骨頂である。そのような指導者は筋肉と頭脳の関係を理解していない「筋肉を鍛えるのにアタマは要らない」。闇雲に走ったり筋トレしたりするだけであっても筋力はつく。それは否定しない。しかし、そこから伸びることはない。寧ろ苦痛の記憶のみが蓄積され、退行の道が残されているだけである。

小中高の学校教育は12年。小生は半年で高校を中退したので9年半。そこで為されることを凝縮したのが「夏休みの宿題」というやつである。「面倒で鬱陶しい、学力がつくとは到底思えない。だが、9月1日までに仕上げなければ叱られる」これは単なる刑罰である。ここから、学校教育の果たしている二つの役割が浮かび上がる:

・学習という行為は苦痛であると植え付ける
・無理難題であっても、上からの命令には従わねばならない

過労死や過労自殺は後者の産物であり、徴兵を容易にする役割も果たしている。前者は、賢明な市民が出てきては困るという為政者の要望を満たす。そしてここからは自己弁護を兼ねるのだが、学校へ行かなければわざわざ「不登校」と呼ばれる。小生が小学生の頃は登校拒否と呼ばれた。選挙に行かない大人は「不投票」とは言われないのに。

小生の場合、小中高での授業が詰まらんかったから行かなかっただけである。小学生のときは登校拒否、中学で不登校、高校では単位が足りずに留年。「こんな下らん授業を二回も受けられっか!」と退学。どこの時点であっても脱落者だとか落伍者だとか、そのような目で見られた。

学習は学校でしかできないという迷信があるらしい。故に、センター試験で701/800をとって北大に合格したときに「小中学校も多く休んで、高校も途中でやめたのに!?」とご近所さん。

話を語学に戻す。物事を一度で覚えられる人は滅多にいないので、学習には繰り返しを伴う。よって、「学習」=「苦痛」と覚え込まされている人は繰り返しを厭う。幸い、小生はそのような認識を持つに至らなかった。故に繰り返しの行為に入る前に、その行為の持つ意味を勘案することができる。それが「うさぎ跳び」やら「5時間の睡眠」やらであったならば、拒否する。そんな無能な指導者を満足させるために自分を犠牲にする理由は見つからない。

英短文の暗唱には意味があると感じているので、続けている。
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