非線形

  • 2017.02.24 Friday
  • 02:07
柔肌の 熱き血潮に 触れもみで 寂しからずや 道を説く君

「みだれ髪」に収められた、与謝野晶子の詩である。これを東大教養学部長が最近の記事で解釈している。これ


冒頭いきなり、
「字面の意味は説明するまでもなく明らかですし、そこにこめられた心理的な機微についても余計な解説は不要でしょう」
とあるのだが、これは東大の学内紙故に許される言い方であろう。同じような短歌を県営住宅の自治会でのたまったならば、「かっこつけ」「エリート気取り」と言われ、否、市議会(小生が居住している自治体)であっても文字なしで理解できる議員は半数もいないだろう。

ちょっとした、洒落。わからん奴にはわかってもらわなくていい、洒落。

戦時中の東京市には「米機撃つべし、英機撃つべし」という貼り紙が、何者かによって為されたという。真偽は明らかではなく、偽でも構わない。「英機(イギリス機)なんて飛んできていないじゃないか」と一笑に付す人が大半だったことと思われる。故に当時の特高も取り締まれなかったらしい。無論、時の総理大臣を指した言葉である。解釈するのは野暮というものである。

ここに存在する非線形という概念を、小生は高校へ上がったときと大学に上がったときの両方で見た。高校でも大学でも数学の講義は何を説明しているのかわけがわからなかったのである。高校の夏休み明けのテストは選択式の問題を一問正答しただけで、4点だかか5点だかといった点数だったように覚えている。学年の席次は600余数の中で600番ジャストであった。

(俺の前後にいた連中は、今、どこで何をしているのだろうか?)。

「フーリエ級数をもとに楽器音をいじる」なんてことをしているのは稀なはずである。この辺りは東大生や灘高生も同じだと思われる「灘高を出たのに関関同立?」。

この近辺で言うならば関関同立のどこかに合格すれば大きな評価を得られるのであるが、下手な学歴を持っているとそうではないことになる。実を言うと小生が入学した高校でのクラスの自己紹介のとき、皆が「どこそこの中学卒業です」と言っていたのだが、二人だけそれを言わなかった。近所の附属池田中学から系列の高校に上がれなかった二人だったことは後にわかった。

そうして今年、小生は46になる。無論、現状は十代や二十代の頃からは想像もできない姿だろうと思う「非線形」。だが、冒頭の与謝野晶子の詩は非線形な解釈を求めている。戦時中の貼り紙然り。

これからも非線形な生き方をするのだと思うが、されとて46年近い時間に伴った積分値は確定している。


さて。
コメント
コメントする








    
この記事のトラックバックURL
トラックバック

calendar

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< April 2017 >>

******

******

******

selected entries

categories

archives

recent comment

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM