類友

  • 2017.04.07 Friday
  • 17:03
一昨日、美容室でヘアマニキュアを入れた。毛染めとは異なり、コーティングに近いモノ。よって、髪を傷めることはなく、寧ろ保護してくれる。一年に一回くらい、気が向いたときにやっている。普通の人の3倍以上の薬剤量を必要とするので、特別料金が掛かった。

ただ、この「ヘアマニキュア」という名称は珍妙である。

マニキュアとは手(の指)の爪に施すものであり、足(の指)の爪に施すものはペディキュアという。
[manicure] と [pedicure]

[man(i)] は手を指し(cf. manual labor)、[ped(i)] は足を指す(cf. pedestorians)。よって「ヘアキュア」あたりが適当なネーミングと思われるが、実際は「ヘアマニキュア」が浸透している。大方の日本人の髪は黒いので、その上に色つきのコーティング剤を塗ってもはっきりとわかるような仕上がりにはならない。暗いところで蛍光灯の光を跳ね返せば「おっ!」となり、白髪の部分に塗ったものはきれいに発色する。このくらいの違いが気に入っている。


さて。

この記事のタイトルは「類友」である。「類は友を呼ぶ」の略語であるが、iOSならばデフォルトで出てくる。それなりに通じる表現なのだろう。意味するところは、誰かの友人はその人に似ているというもの。では、「似ている」とは何を指すのだろうか、どこが「似ている」のだろうか?

体格ではなさそうである。ルックス?考え方が似ていれば似るのかもしれない。ここで答えが出てしまった、「考え方」である。好みもそこに含まれるが、言語化可能な類似であることには変わりはない。そして言葉なしに物事を考えるという行為は可能なのかという問題に当たる。人間でなくとも、聡明な犬ならば場を読むことはある。しかし、そこまでである。読んだものから言語なしで演繹することはできない。

「使う言葉が似ている」、類友を簡単に言えばこういうことになる。使う言葉といっても言語を指すのではない。微分積分や三角関数を弄くり回して楽しんでいる連中と、夜中のコンビニの駐車場でたむろしている連中とでは「言葉」が全く異なるはずである。

ここまで考えると、2012年に安倍晋三が首相になってからの多くの大臣の失言と失態も合点がいく。先日の復興相の暴言にしても、あれは失言ではなく「アベの代弁」なのである。アベにすれば自分自身の口から出た言葉ではないので、簡単にクビを切れる。「今村復興相は辞任しろ!」という声が上がっているが、大臣を任命するのが首相である以上、辞任させたところで同じようなのが選ばれるだけである。

アベノミクスはどうなった?アメリカをTPPに参加させる話はどうなった?

権力をバカに持たせた結果である。
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