役に立つのか立たないのか

  • 2017.05.09 Tuesday
  • 00:29
「宮澤賢治『銀河鉄道の夜』に見る、20世紀初頭に於ける発光エーテル説の普遍性について」

あからさまには言っていないものの、「利益に直結する研究にしかカネは出さない」と今の政府。研究費が欲しいのなら防衛省に貢献しなければならないらしく、そうであるならば上記のような研究テーマは価値なしと一蹴されることになる。

「水面の波動干渉に見られるのと同じ現象が、光に対しても見られる」というヤングの実験は、19世紀末に発表された。量子力学など欠片も存在していなかった時代でのこの発見は、ニュートン以来の物理学の大発見となる・・・はずだった。当時のこの大発見は日本の田舎の教育者にも影響を与えたほどである・・・ここまでを膨らませれば論文になる。

光の波動説については直後に難問にぶち当たる「では、その媒体となるエーテルは何なのか?」。

他にもいろいろある:
・「日本人はどうして夜空に星を見なかったのか?」(月に対する名前の豊富さと比べると、日本人が名付けた星の名前は極僅かである)
・「右利きの人が圧倒的に多い中、どうして縦書きの言語が右から左へ進むように書かれたのか?」(右から左へと行が移るように書いた方が、袖が汚れない)
・「短歌や俳句に対する、ひらがなの貢献について」

etc. etc.
このような研究は立ち行かなくなり、文化は断絶する。防衛装備の拡充したとしても、護るべき対象が内部から崩壊するようでは何の意味もない。

日本国憲法は、参政権を行使する者は賢明であるという前提で作られた。
憲法は国民を縛るモノではなく、対国家規範であること。治安維持法は現行憲法下では違憲となること。
だけどだけど、治安維持法がどういうモノであったのかを知っている方がマイノリティ。「治安維持」とは当時の国民にとっては「テロ対策」と同じくらいの響きだったのだろう。

程なく滅びる極東の一国。その構成員として、「瓦解録」をネット上に保管することにした。
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