「夏休みの宿題」は何のためにあるのか

  • 2017.08.28 Monday
  • 23:35
小生は46歳なので、現状とは大きく異なるであろうことを先に断る。

小生が小学生のときには「やりたい人はこういうことをすれば?」というような課題しかなかった。開放プールに行く最低回数が決められていたが、その程度。

中学生のときには、それがエラい量に増えた。高校1年のときも同じだった。しかし、現在の中学生が苦しんでいる「自由研究」はなかった。小学生のときは「自由『工作』」として、ニクロム線や木板をホームセンターで買ってきて好きなものを作っていた。勿論、作るか作らないかは任意。

「どうして中学の教師は夏休みに宿題を出すのだろうか」

結論から言えば、学校というシステムを維持するためである。夏休みの宿題を出すために一学期の授業が存在し、二学期の授業が存在する。

夏休みの宿題を出すためには、一学期にそれ相応の授業を実施しておく必要がある。どの授業であっても、そこまでの授業の理解を前提とする。二学期にズムーズに授業を進めるためには、一学期の授業を習得させておかなければならない。そのための宿題なのか?

別の視点から見れば、「学習塾の夏期講習に参加した者に差をつけさせないため」という理由もある。そうであるならば、学習塾の夏期講習に参加した者は宿題を免除されて然るべきである。

加えて、宿題は9月1日或いは該当科目の最初の授業のときに提出しなければならないとされている。提出しなければ叱責とペナルティが待っている「社会に出たら、期日を守らないと大変なことになる。学校だから許されるのだ」。

これは夏休みの宿題に限ったことではなく、通常の提出物でも当てはまる「金曜の午後5時までに提出しろ!」。ほんの数分でも遅れると受け付けてくれない。1985年まで大阪府豊能郡豊能町吉川中学で美術を教えていた女性教師がそうだった。小生はその後、美術の授業をボイコットした。

約束した期限を守らなければならないという指導はわからないでもない。だが、社会のそれとは決定的に異なることが一つある「その約束は片方が一方的に決めたものではないか」。

社会での約束事であれば、約束をする前に両者がそれに納得している必要がある。「そのような要求に応えることはできません」と期日を延期するなり、拒否するなりの選択肢がある。「夏休みの宿題」は、この概念を奪う。唯々諾々と要求に従う社員と下請け会社にとって都合のよい人物を社会に供給する。これは兵隊に求められる資質であり、「特攻隊員は全員志願した者であった」と命令した者の責任回避が可能になる。

宿題に苦しんでいる学生にいいたい、「やらなくてもいいよ」。

もしもそれで教師に罵倒されるようであれば、地域の弁護士会に連絡すればいい。「進級させない」という教師もいるだろうが、夏休みの宿題はカリキュラムに含まれていないのでパワーハラスメントそのものである。
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