長月の朔

  • 2017.09.01 Friday
  • 01:20
この夏も、何もしないまま通り過ぎた。夏は大嫌いだからこれで構わない。

先のエントリの続き。

「生徒(会社であれば社員)の自主性を重んじる」とは、どこの組織でも言われること。この言葉をまともに受けると馬鹿を見る。対象があまりに広範であるので、中学と高校に話を限定する。

40人ほどを一つの部屋に集め、一人の教師が授業を行う。知識の伝授という点では効率がよいが、それは全ての受講者が前のめりな場合に限られる。結論から言えば、公教育でこれを行うのは無理である。

体育で考えるとわかりやすい。高校生ならばバック転のできる者と逆上がりのできない者が同じクラスにいる。ここで「身体能力に応じた指導をすればよい」と言ったならば、まず反対の声はあがらない。

しかし、英語や数学、その他教科書を用いて教室で教えられる科目には、体育と同じ方法は通じない(世間が認めない)。ローマ字の読み書きの怪しい者と「名詞節を副詞的に訳すには」といった者の間には、絶望的な差が存在する。

小中学校までならば許容されるかもしれない。それでも個々人の得手不得手は存在する。ならばどうして画一的な「夏休みの宿題」を生徒に課すのだろうか。英語が苦手な者と数学の苦手な者、長期休暇の利用の仕方は異なるはずである。仮に課題を課すのであれば、幾つかのパターンを用意すべきなのではないだろうか。現実の授業で画一的になってしまうのは、現状では仕方がない。だからこそ、40日にも及ぶ長期休暇こそ生徒の能力に応じた学習を促進すべきである。なのに、全科目での大量の宿題。

「学校なんぞ、行きたい者だけが行けばよい」

英会話教室やテニススクールと同じである。行くことによるメリットと受講料を勘案して、自分で判断すればよい。当然、ここで反論が出てくる「常識を知らない大人になる」。そういう人には格好の台詞がある「今のこの国の首相に常識や倫理観があるのかい?」。

我身可愛さの人間を首相に戴く国である。自分勝手な子どもを非難する権利は、今の有権者には、ない。
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