(確定)死刑囚の選挙権について

  • 2017.10.13 Friday
  • 19:31
少々古い記事を毎日新聞から:
選挙権認めず 広島地裁「制裁として合理的」
毎日新聞2016年7月21日 01時31分(最終更新 7月21日 01時31分)

 受刑者に選挙権を認めない公職選挙法の規定が違憲かどうかが争点となった訴訟の判決で、広島地裁(末永雅之裁判長)は20日、「刑罰に伴う制裁として必要かつ合理的」として合憲と結論付けた。50代の男性受刑者(広島刑務所)が求めた選挙権と120万円の国家賠償はいずれも退けられ、弁護団は控訴を検討している。
 原告側は、受刑者の選挙権を一律に制限した公選法11条の規定は、選挙人の資格の差別を禁じた憲法44条などに違反すると主張していた。
 末永裁判長は判決で「44条は選挙人の資格を法律の定めに委ねている。合理的理由に基づき法律で制限することを許容している」と指摘。社会から隔離された受刑者は「制裁として、社会参加が一定の範囲で禁止、制限されることはやむを得ない」と公選法11条の合理性を強調した。
 原告弁護団は広島市内で記者会見し、「受刑者を異質なものとして排除するか、いずれは社会に戻る一員として捉えるか、その違いだ」と、裁判所の姿勢を批判した。【石川将来】

民主主義の根幹に関わる問題

 北村泰三・中央大教授(国際人権法)の話 欧州では「受刑者も社会の構成員」との意識があり、今回の場合は欧州人権条約に抵触するとの司法判断が下される。成年被後見人や10代への選挙権拡大の流れがある日本で、受刑者だけが認められないのはおかしい。民主主義の根幹に関わる問題だ。


北村泰三先生の言っていることは正論である。受刑者にも国勢調査が行われる以上、選挙権の行使も認められるべきではある。だが他方、受刑者の人権が制限されるのも事実である。渡航の自由など認められるはずもないし、職業選択の自由や通信の自由など行使のしようがない。被選挙権も行使できない。行使できたとしても選挙運動はできず、当選したとしても議会に出席することはできない。

以上、理想論に対する理想的反論。以下、現実的反論、
「意味なし」。

与党と野党の区別どころか、総理大臣の名前すら知らないのが大多数。文字の読み書きのできない者も一割以上の割合で存在する。「どの候補がどのような主張をしていて、よって誰に入れる」というような行動のできるのは一握り、幾らかのカネを渡せば簡単に買収できるような奴が殆ど。

そうして、確定死刑囚である。本題に入る前に断っておくが、小生は死刑廃止論者である。冤罪をなくすことはできないという理由と、無期懲役が既に終身刑として機能しているという二つの理由からである。無期懲役囚を扱う刑務所は更に処遇が困難になると思われるが、これは死刑制度の存廃とは別問題である。

刑罰として言い渡されるものを軽いものから列挙すると、「罰金」「禁固」「懲役(有期)」「懲役(無期)」「死刑」となる。禁固と懲役は身体を拘束することも刑罰の一部と見做しているのに対して、確定死刑囚の場合は単に拘置所に留め置かれているだけであり、これは刑罰ではない。受刑態度という概念は存在せず、生活態度に対する簡単な指導はあるものの、それに関する懲罰はない。死刑執行のみが刑罰だからである。故に、病気や怪我も治療してもらえるし、がん治療も施される。「殺される人を治療しても仕方がないだろ?」と思う人がいるかもしれないが、殺す方法、即ち死刑の実施方法は刑法に規定されていて、それ以外の方法で死刑を実施するには刑法を改定する必要がある。

現在、確定死刑囚は100名以上いて、各地の拘置所に拘置されている。

刑法第十一条:
死刑は、刑事施設内において、絞首して執行する。
二項・死刑の言渡しを受けた者は、その執行に至るまで刑事施設に拘置する。


よって、確定死刑囚は死刑が執行されるまで拘置所に拘置されるという制限はあるものの、それ以外は可能な限り人権が保障されている。ここでやっと選挙権の話になる。

上記の通り、確定死刑囚と刑務所に収容されている者は外見上、同じように見えるが、法的には全く異なる。「受刑者の選挙権は制限される」という広島地裁の判決は確定死刑囚には適用されない。繰り返しになるが、確定死刑囚は拘置所にいるものの刑を受けているワケではないからである。

「近いウチに死ぬ奴に選挙権を与えてもムダだろ?」という声が聞こえてきそうだが、それならば百歳を超える高齢者はどうなるのか。人間の寿命はどうやら112歳ぐらいが限界らしいが、そうであれば110歳を超える人からは投票権を剥奪しても構わないのか?がんで余命宣告をされた人は?

「一般人と確定死刑囚を同列に扱うな!」感情論としては理解できなくもないが、法的には別である。確定死刑囚については「執行に至るまで刑事施設に拘置する」と決められているだけである。疾病のために長期入院している人に対しても可能な限り、投票権の行使ができるように行政が手配している。


---
総選挙真っ最中。アベ擁護派は「感情論でモノを言うな」と反対派を批判している。確かに今のところ刑法の枠組みで引っ掛かっているのは籠池夫妻だけであり、安倍晋三も安倍昭恵も、そして加計学園(加計孝太郎)も平気な顔をしている。刑法に引っ掛からないようにするにはどうすればよいかと考えたアベは、「丁寧な説明」を要求される前に国会を解散した、「仕事人内閣」に関する所信表明演説すらすっ飛ばして。

今のところ、安倍晋三は刑法では問われていない。だが七条解散は憲法の理念に反し、第五十三条の国会召集の要求に昨年の秋は応じず、今年は三ヶ月も放置した。cf. 第五十三条 内閣は、国会の臨時会の召集を決定することができる。いづれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。

30年前の今日、学校(高校)を休んだ。

  • 2017.10.08 Sunday
  • 19:27
1987年の10月は木曜から始まる。そして当時はハッピーマンデーという制度はなく、10月10日(1987年では土曜日)が体育の日として休日だった。更に加えると、土曜は休みではなかった。

スクリーンショット 2017-10-08 18.12.38.jpg

実はその前々日である10月6日も休んでいた。だから翌週月曜である12日に学校へ行ったとき、「えぇなぁ。一日おきの登校か」と嫌味を言われた。翌13日に休んだのも覚えている。高校の最寄り駅で降りず、神戸の楽器店で半日を過ごした。そしてその翌日、薄々気付いていたであろう母親に「やめたい」と打ち明けた。

何の記録も残していないので、どこまでが正しいのかはわからない。ただ、その年の10月が学校(高校)へ行った最後で、その月から休み始めたことは間違いがない。

そこから、クラス担任が頻繁にウチに来るようになった。生活指導などの他の教師を連れてくることもあった。11月途中までは「今ならまだ間に合う」というような説得であり、クラスの連中からの手紙を持って来てくれたこともあった。その手紙は有り難く、今でも残してある。しかし、学校に戻ることはなかった。

11月の終わりか12月のはじめに保健体育の単位を落としたことが確定したことにより留年が確定し、担任も級友も諦めてくれた。

1987年の大阪府立池田高等学校の入試。小生の受験番号は受験者数と一致していた。つまり、最後の願書提出者。願書を出す当日(これは締め切り日である)までその高校がどこにあるのかすら知らず、「阪急の石橋駅で降りて、ファミレス『さと』を目指す。そこからひたすら坂を上れば辿り着く」というアドバイス。中学が願書を作成してくれて送り出してくれた時刻は、締め切り時刻に十分に間に合った時刻。仕方なくそれを持って指示通りに石橋駅へ向かい、「さと」から坂を上った。受付の部屋の前で必要な書類を鞄から取り出した。そこで住民票のないことがわかった。後日、「その高校へ行きたくないお前がわざとどこかで捨てたんだろ?」と方々から追及されたが、捨てた記憶はない。ただ、滑り止めの私学は決まっていたので「そこでいいや」と、そのときにさっぱりしたのは覚えている。

そのまま石橋駅まで戻り、「出願しようと思ったんですけど、住民票をどこかで失くしてしまったみたいで」と公衆電話で中学に連絡。歩くのが遅い小生にとって、石橋駅から高校までは25分以上。戻ってきたがために、どう考えても間に合わない時間だった。「何しとんねん!ほんなら、私学に行くしかないな」と罵声を浴びて終わるはずだった。

ところが中学校の先生方は分担して住民票を調達してくださり、一人の先生が途中で交通事故を起こしながらも締め切りぎりぎりに高校の正門まで持ってきてくださった。また、高校に対して「一人の出願者が向かっておりますので」と何度も電話連絡をしてくださっていたらしい。而して、締め切り数分前に願書提出。その日の夜、父親からは「どれだけの人に迷惑を掛けたかわかってんのか!」と叱られた。

合格発表には、潮時が過ぎたであろう正午辺りに向かった。まばらな人影の中、自分の受験番号が掲示されているのを見た。さすがにあの程度の学校に落ちるワケにはいかなかったので、入試はまともに受け、解答用紙を出した。合格掲示板を確認して石橋駅に戻る途中、喜々としている中学の同級生の何人かと擦れ違った。彼らは小生の様子から、合格者を集めての説明会に小生がいたことに驚いたという。石橋駅での公衆電話では何箇所かに電話したが、最初はやはり自宅だった。電話に出てくれたのは母親だった「あぁ、お母さん?合格してしまった」。私立高校の併願と異なり公立高校の場合は入学辞退は許されないと知ったのは、受験してから。その辺りはさすがに母親で「どないする?ホンマにその高校へ行くんか?アンタはそれでえぇんか?」。

問題は更に続く。願書を受け付ける窓口にいた女性が、入学した後のクラス担任になったことである。中学校の善意はこちらにとっては大きな迷惑だった。「何としても入学したい受験生」が合格し、その教師のクラスに分配されたのである。故に、教師は復学するよう熱心だった。保健体育の単位を取れないことが決まって漸く諦めてくれたが、ここに至っても問題は収束しなかった。その年の池田高校の受験者数は、例年のそれよりも多かったのである。当然、倍率も他の高校よりも高かった。同じ中学からも落ちた奴が数人いて「やめるんやったら受けんなよなぁ」と。担任が連れてきた生活指導だかなんだか知らんがその種の教師が、「君が合格したために合格できなかった人がいるんだ」。

……、知らんがな。その論理を大学入試や就職試験にも適用するつもりなんか?

小生が受験しなかったら次点の奴が合格したであろうことは認めるが、こちらが合格最低点で合格したのかどうかはわからない。そいつらが合格最低点を上回る点数を取っていれば合格できただけのこと。文句を言ってきた奴は何人もいたが、仮に小生が受験しなかったとしても枠が一つ空いただけである。二人も三人も余計に合格できたワケではない。

もう神無月か

  • 2017.10.05 Thursday
  • 18:39
「かんなづき」の「な」が助詞だと知ったのは、つい最近。「みなづき」も同じ。
思い込みによる判断は怖い。

で、ブログの更新が滞っていた理由:
冒険表.jpg

冒険裏.jpg

こんな本を読んでいたから、である。古本ではあるが誰も読んでいないものであったらしく、スリップも愛読者カードも挟み込まれたままだった。

愛読者表.jpg

愛読者裏.jpg

郵便番号が5桁で、平成10年とは1998年のこと。MacOS8.xの時代。メインマシンはMavericks(これも最新OSからは遅れているのだが)だが、Mirrored Drive Doorsの起動ディスクは9.2.2にしてある。

Cyberdog_and_ColorHyperCard.jpg

Cyberdog2.0とHyperCardのカラーバージョン。趣味の世界。

世界史

  • 2017.09.24 Sunday
  • 00:43
引用を二つ。
一つ目、「大阪市教育委員会の発表」:
大阪市立の高等学校における所有免許以外の教科を担当していた教員について
2017年9月14日
平成29年9月14日 10時発表

 平成29年9月8日(金曜日)、大阪市立の高等学校の非常勤講師が、平成29年4月11日(火曜日)から9月8日(金曜日)まで、所有免許以外の教科を担当していたことが判明しました。

1 概要と事実経過

 大阪市立の高等学校において、平成29年9月8日(金曜日)、教員免許更新に係る所有免許状の確認作業を行った際に、今年4月より「世界史A」(2単位)を担当していた非常勤講師が「公民」免許のみを所有し、「世界史A」を担当するために必要な「地理歴史」免許を所有していなかったことが判明しました。
 当該非常勤講師は、今年4月11日(火曜日)から事実が判明する9月8日(金曜日)まで、1学年6学級の「世界史A」を週2時間(1学級あたり約22時間)担当していました。
 当該非常勤講師が担当した授業については、生徒に不利益が生じないよう、補講等により補います。

2 発生原因

 今回の事案につきましては、採用時に学校が教員免許状を確認することとなっているが、当該校での担当教科と所有免許との照合が不十分であったことと、講師自身の認識が不十分であったことによるものです。

3 再発防止について

 教育委員会といたしましては、今後同様の事案が起こらないよう、全高等学校に対し教員免許状を確認するよう周知するとともに、再発防止に向けて事務手続きを改善し免許状の確認を徹底してまいります。



二つ目、毎日新聞:
無免許教科で授業 非常勤講師、4月から
毎日新聞2017年9月14日 13時47分(最終更新 9月14日 15時25分)

 大阪市教委は14日、市立高校の20代の男性非常勤講師が「世界史A」を教えるために必要な「地理歴史」の教員免許を持っていないのに授業をしていたと発表した。4月から1年生6クラス(約240人)の22時間分前後の授業を担当していた。高校は今後、免許を持つ別の教師による補習授業を実施する。
 市教委によると、講師は市立高校に採用された4月から、1年生の世界史Aを週2時間教えていた。今月8日、高校が教員免許の更新のために免許状の確認をした際、講師が世界史Aを教えるのに必要な地理歴史の免許を持っておらず、公民の免許しかないことが判明した。担当教科と所持する免許との照合が不十分だったという。講師は「公民の免許で教えられると思っていた」と話しているという。【椋田佳代】


世界史の未履修問題は10年ほど前にも問題となった。この科目については場所も時代もころころと移るので、理解するのが難しいだけでなく教える側も難しい。加えて、各国の歴史を研究する学者は多くいるが、「世界史」の専門家はいない。それでも「グローバル人材の育成」とやらのワケわからん名目の下に、文科省が必修としている。

幾らかの問題はあるが、ここまでは構わない。小学校での英語必修よりもずっとマシである。小生が理解できないのは、上記記事の事後処理である「22時間もの授業を、免許を持った教員の下で再度行うというのである」。

再授業(?)を行う前に試験を行い、履修すべきとされる内容を習得している生徒には免除すべきではなかろうか?

これは他の科目にも言える。高校の英語で言うなら、英検二級を持っている生徒に対しては出席を免除していい。数学も「ハミルトン・ケーリー」「ド・ロミタル」を理解している生徒、……。各教科で出席を強制するかどうかを判定する前に、授業に入る前に試験をすればいい。

しかし、実施できんだろうなぁ。高校卒業程度認定試験がもっとメジャーになればいい。

ん?

  • 2017.09.16 Saturday
  • 03:33
14日のこのブログへのアクセス:
スクリーンショット 2017-09-16 3.15.07.jpg

午前7時からの1時間だけで4,649?

routine ?

  • 2017.09.13 Wednesday
  • 21:25
毎年夏に、アルバムをリリースするアーティストがいる。冬にリリースするアーティストもいる。ファンは当然、心待ちにしている。作り手が冒険をすると「期待外れ」と言われ、従来の路線を踏襲すると「マンネリ」と批判される。それ以前に、「アート」は予め設定された期間に於いて定期的に創ることができるようなものでもない。

自動車業界では5,6年で新モデルが発表される。燃費向上や安全装備の発展など、目指すべき方向が見えているだけアーティストのアルバムより楽かもしれないが、現在の日本車であれば短くとも10年くらいはモデルチェンジは要らないように思える。

ここでやっと本題である「昨日のアップルの発表」。

倒産寸前の会社を救ったiMacの発表以来、たくさんの技術と商品が発表され、それらはユーザの期待を超えるものばかりだった。それでも、常に人を驚かせるのは難しい。他の会社のことは知らないが、アップルに関して言うならば、毎年秋の新製品発表をやめてしまえばいいのではないだろうか。

iPhoneについては「6」→「6s」については少々の進化があった。しかし、その後の「7」は惰性としか見えなかった。そうして今回も、惰性。名前こそ「8」になったが、デザインはそのまま。これではあまりに新鮮味に欠けると判断したのか「X」なるモデルも同時発売された。

手許にあるのは3世代前の「6 Plus」であり、使い始めてもうすぐ二年半になる。使っていて何の不満もない。

図画工作

  • 2017.09.12 Tuesday
  • 08:59
簡単なものを作ってみた:
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使ったもの:
・蒲鉾板:2枚
・爪楊枝:2本
・木工用ボンド:少々


爪楊枝を適当な大きさに切断し、端っこの部分(爪楊枝置き)を二つ用意した。これを蒲鉾板の長辺に平行に木工用ボンドで貼付け、後ろの蒲鉾板も木工用ボンドでくっつけた。材料費は無料に近い。

で、何に使うのか。以下:
2017-09-11 22.20.47.jpg

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上からiPhone 4、iPhone 5、iPhone 6 Plus。画面は録画したワンセグ(NHKのドラマに緊急地震速報が入ったシーン・先週8日22時25分頃)。

iMacのUSB端子に突き刺しているワンセグチューナーで録画したものを適宜、iPhoneに逃がしている。iPhoneではリアルタイムの視聴はできないが、小生が使う分には十分である。

私信・「今月6日に山葵辞書をシェアしてくださった方へ」

  • 2017.09.12 Tuesday
  • 08:31
「お申込番号 : CVJAGxxxxxx (一部伏せ字)」でシェアしてくださった方へ。

OS10.9.5まででしか使えないソフトをシェアしていただき、誠にありがとうございました。
インストールのフォローその他お伝えしたいことが幾つかございますので、こちらまでメールを頂けませんでしょうか。
※メールへのリンクミスを修正しました(9月8日)

お待ちしております。

長月の朔

  • 2017.09.01 Friday
  • 01:20
この夏も、何もしないまま通り過ぎた。夏は大嫌いだからこれで構わない。

先のエントリの続き。

「生徒(会社であれば社員)の自主性を重んじる」とは、どこの組織でも言われること。この言葉をまともに受けると馬鹿を見る。対象があまりに広範であるので、中学と高校に話を限定する。

40人ほどを一つの部屋に集め、一人の教師が授業を行う。知識の伝授という点では効率がよいが、それは全ての受講者が前のめりな場合に限られる。結論から言えば、公教育でこれを行うのは無理である。

体育で考えるとわかりやすい。高校生ならばバック転のできる者と逆上がりのできない者が同じクラスにいる。ここで「身体能力に応じた指導をすればよい」と言ったならば、まず反対の声はあがらない。

しかし、英語や数学、その他教科書を用いて教室で教えられる科目には、体育と同じ方法は通じない(世間が認めない)。ローマ字の読み書きの怪しい者と「名詞節を副詞的に訳すには」といった者の間には、絶望的な差が存在する。

小中学校までならば許容されるかもしれない。それでも個々人の得手不得手は存在する。ならばどうして画一的な「夏休みの宿題」を生徒に課すのだろうか。英語が苦手な者と数学の苦手な者、長期休暇の利用の仕方は異なるはずである。仮に課題を課すのであれば、幾つかのパターンを用意すべきなのではないだろうか。現実の授業で画一的になってしまうのは、現状では仕方がない。だからこそ、40日にも及ぶ長期休暇こそ生徒の能力に応じた学習を促進すべきである。なのに、全科目での大量の宿題。

「学校なんぞ、行きたい者だけが行けばよい」

英会話教室やテニススクールと同じである。行くことによるメリットと受講料を勘案して、自分で判断すればよい。当然、ここで反論が出てくる「常識を知らない大人になる」。そういう人には格好の台詞がある「今のこの国の首相に常識や倫理観があるのかい?」。

我身可愛さの人間を首相に戴く国である。自分勝手な子どもを非難する権利は、今の有権者には、ない。

「夏休みの宿題」は何のためにあるのか

  • 2017.08.28 Monday
  • 23:35
小生は46歳なので、現状とは大きく異なるであろうことを先に断る。

小生が小学生のときには「やりたい人はこういうことをすれば?」というような課題しかなかった。開放プールに行く最低回数が決められていたが、その程度。

中学生のときには、それがエラい量に増えた。高校1年のときも同じだった。しかし、現在の中学生が苦しんでいる「自由研究」はなかった。小学生のときは「自由『工作』」として、ニクロム線や木板をホームセンターで買ってきて好きなものを作っていた。勿論、作るか作らないかは任意。

「どうして中学の教師は夏休みに宿題を出すのだろうか」

結論から言えば、学校というシステムを維持するためである。夏休みの宿題を出すために一学期の授業が存在し、二学期の授業が存在する。

夏休みの宿題を出すためには、一学期にそれ相応の授業を実施しておく必要がある。どの授業であっても、そこまでの授業の理解を前提とする。二学期にズムーズに授業を進めるためには、一学期の授業を習得させておかなければならない。そのための宿題なのか?

別の視点から見れば、「学習塾の夏期講習に参加した者に差をつけさせないため」という理由もある。そうであるならば、学習塾の夏期講習に参加した者は宿題を免除されて然るべきである。

加えて、宿題は9月1日或いは該当科目の最初の授業のときに提出しなければならないとされている。提出しなければ叱責とペナルティが待っている「社会に出たら、期日を守らないと大変なことになる。学校だから許されるのだ」。

これは夏休みの宿題に限ったことではなく、通常の提出物でも当てはまる「金曜の午後5時までに提出しろ!」。ほんの数分でも遅れると受け付けてくれない。1985年まで大阪府豊能郡豊能町吉川中学で美術を教えていた女性教師がそうだった。小生はその後、美術の授業をボイコットした。

約束した期限を守らなければならないという指導はわからないでもない。だが、社会のそれとは決定的に異なることが一つある「その約束は片方が一方的に決めたものではないか」。

社会での約束事であれば、約束をする前に両者がそれに納得している必要がある。「そのような要求に応えることはできません」と期日を延期するなり、拒否するなりの選択肢がある。「夏休みの宿題」は、この概念を奪う。唯々諾々と要求に従う社員と下請け会社にとって都合のよい人物を社会に供給する。これは兵隊に求められる資質であり、「特攻隊員は全員志願した者であった」と命令した者の責任回避が可能になる。

宿題に苦しんでいる学生にいいたい、「やらなくてもいいよ」。

もしもそれで教師に罵倒されるようであれば、地域の弁護士会に連絡すればいい。「進級させない」という教師もいるだろうが、夏休みの宿題はカリキュラムに含まれていないのでパワーハラスメントそのものである。

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