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  • 2017.04.10 Monday
  • 18:00
拙宅の近くに、新築の一戸建てばかりが並んでいる一角がある。1平方キロくらいだろうか、製鉄所跡地に造られた住宅地。駅へのアクセスも悪くなく、保育園や学校もあり、病院と診療所も一通り揃っている。買い物にも困ることはない。治安も悪くないので「夢の一戸建て」を構えるには十分な条件。

そういうワケで、クルマを二台ほど駐められるガレージを備えた一戸建てが多数。月に数回、ドラッグストアへのショートカットとしてその界隈を通るのだが、新しいのは家だけでなく駐まっているクルマも新しい。新しい家に古いクルマはイカンらしい。クルマは新しいだけでなく、磨き上げられている。軽自動車がある場合もあるが、それはセカンドカーであり、メインは3ナンバーのデカいクルマ。クラウンと(トヨタ)86が並んでいる家もあった。

……、本当に経済力のある世帯ならば、こんなところに一戸建てを構えたりしない。新築の家と高いクルマ。相当大きなローンが組まれている筈である。

「いつかはクラウン」?今ならば、LEXUSや外車もクラウンと同じ位置に入り得るのだろう。「この家とこのクルマを所有するだけの経済力があるのだ」と誇示するため、誇示したいため。そんなモノのために借金に追われる汲汲とした暮らしを送るのか。

「クラウンに乗るよりも軽自動車に乗ることの方がステータスであり、軽自動車に乗るよりもクルマを持たない方がステータス」とは3年前に逝去された、阪大名誉教授の言葉。

今年で築30年になるアパートに住み、軽自動車どころか自転車すらも持っていない小生。

類友(承前)

  • 2017.04.09 Sunday
  • 18:35
「確か、この人の著作にあった表現」と思い乍ら書棚から本を引っ張り出し、該当箇所を探す。しかし、見つからない。
索引にも載っていない。諦める直前に、ネットに当たった。目的とする表現とキーワードでググると、ヒットした。手許の書籍のどこにその表現があるのかもわかったのだが、珍妙な感覚だった。


さて。


「つまり、私の友人知人は皆、アタマが悪いと?」
このように訊かれた小生は、次のように応えるしかなかった、
「そう考えるのが妥当でしょうねぇ」。

県営住宅自治会の、役員会での話。七年近く前になる。全くロジックの通じないバカに、「お前、アタマ悪いんじゃないの?」と小生が宣ったのがきっかけ。5人の役員での話し合いがお開きになった後、そいつが「○○さん、残ってください」と個人攻撃してきた。兵庫県川西市に存在する県営住宅の、二階の角部屋にパラサイトしている独身ハゲ。50歳近い(はず)。

「私、今まで『アタマが悪い』なんて言われたことありませんよ!」と激昂した先方。「それはあなたの周辺が同程度の知的水準の人で構成されていたからじゃないですか?」と当然の推論をしただけなのだが、冒頭の台詞が却ってきた。

ある人がアタマが悪いとして、それは環境にも依存することは否定しがたい現実。小生自身も「アタマ悪い」とは数え切れないくらいほど言われ、言ってきた。類語に「ちょっと考えたらわからんか?」。

大学の学生寮にいた弊害かもしれない。落ちぶれたとはいえ旧帝大の一つであり、文系であろうと理系であろうと五教科の試験を受けて入ってくる。イベリア半島のレコンキスタについて、その名称についてすら無知だった小生に数冊の新書を貸してくれた友人。一般社会ならば「世界史を習わなかったから」というエクスキューズが使えたはずだが、「ならば勉強しろ!」と新書を貸してくれたのである。知らないことが罪なのではなく、知ろうとしないことが罪なのである。

成蹊大学に小学校からエスカレータで上がった安倍晋三。大学へはアルファロメオで通学していたという。まともに勉強せずにきたのだから、近寄ってくる連中の人となりも容易に想像できる。

「アタマ悪い」、言う方か言われる方かどちらが悪いのかは知らない。幾つかの資料を示して「だから、こうだろ?」と示してもアタマの悪い奴は納得しない。客観的資料でもってしても納得しない奴には、何を言っても無駄である。現状は、「アタマ悪い」と宣う側が損をするだけらしい。

学習しない奴の権利が学習した奴の権利に優越する。やってられん。

類友

  • 2017.04.07 Friday
  • 17:03
一昨日、美容室でヘアマニキュアを入れた。毛染めとは異なり、コーティングに近いモノ。よって、髪を傷めることはなく、寧ろ保護してくれる。一年に一回くらい、気が向いたときにやっている。普通の人の3倍以上の薬剤量を必要とするので、特別料金が掛かった。

ただ、この「ヘアマニキュア」という名称は珍妙である。

マニキュアとは手(の指)の爪に施すものであり、足(の指)の爪に施すものはペディキュアという。
[manicure] と [pedicure]

[man(i)] は手を指し(cf. manual labor)、[ped(i)] は足を指す(cf. pedestorians)。よって「ヘアキュア」あたりが適当なネーミングと思われるが、実際は「ヘアマニキュア」が浸透している。大方の日本人の髪は黒いので、その上に色つきのコーティング剤を塗ってもはっきりとわかるような仕上がりにはならない。暗いところで蛍光灯の光を跳ね返せば「おっ!」となり、白髪の部分に塗ったものはきれいに発色する。このくらいの違いが気に入っている。


さて。

この記事のタイトルは「類友」である。「類は友を呼ぶ」の略語であるが、iOSならばデフォルトで出てくる。それなりに通じる表現なのだろう。意味するところは、誰かの友人はその人に似ているというもの。では、「似ている」とは何を指すのだろうか、どこが「似ている」のだろうか?

体格ではなさそうである。ルックス?考え方が似ていれば似るのかもしれない。ここで答えが出てしまった、「考え方」である。好みもそこに含まれるが、言語化可能な類似であることには変わりはない。そして言葉なしに物事を考えるという行為は可能なのかという問題に当たる。人間でなくとも、聡明な犬ならば場を読むことはある。しかし、そこまでである。読んだものから言語なしで演繹することはできない。

「使う言葉が似ている」、類友を簡単に言えばこういうことになる。使う言葉といっても言語を指すのではない。微分積分や三角関数を弄くり回して楽しんでいる連中と、夜中のコンビニの駐車場でたむろしている連中とでは「言葉」が全く異なるはずである。

ここまで考えると、2012年に安倍晋三が首相になってからの多くの大臣の失言と失態も合点がいく。先日の復興相の暴言にしても、あれは失言ではなく「アベの代弁」なのである。アベにすれば自分自身の口から出た言葉ではないので、簡単にクビを切れる。「今村復興相は辞任しろ!」という声が上がっているが、大臣を任命するのが首相である以上、辞任させたところで同じようなのが選ばれるだけである。

アベノミクスはどうなった?アメリカをTPPに参加させる話はどうなった?

権力をバカに持たせた結果である。

報われない社会

  • 2017.03.14 Tuesday
  • 22:09
昨日の新聞を買ってきた。駅のスタンドやコンビニでは当日の新聞しか売っていないので、散歩がてら新聞販売店に足を運んだ。日付の過ぎた新聞は価値がないとされるので、かなり値引いてくれる。産經新聞は当日付けでもワンコイン(100円)らしいが、それよりも安い。

兵庫県の公立高校の入試問題を見たかったからである。公立高校の入試問題というものは、憲法に近い性質を持っている。「ウチの都道府県の小中学校では、このような問題を解けるような指導をしています」という公表だからである。歴史教科書でんでんという輩は、社会科の近現代の辺りしか見ないのだろうが、理科も数学もよい問題が出されている。理科では地震のP波に関する具体的な問題が出され、数学では携帯電話の料金プランを比較させる問題が出ている。国語と英語も奇を衒わない問題。

※兵庫県の今年の問題


さて。


小生は教育という言葉が嫌いである。「社員教育がしっかりとなされている」という言い方があるが、これは雇用者にとって都合よく振る舞うように社員が「訓練」されていることである。雇用者を国の水準にまで引き上げると、義務教育や高等教育になる。そうすると、役に立たない学問は軽視される。学徒出陣では文科系の学生から徴用されたが、「文学や哲学は役に立たない」という為政者の考えの結果であり、今の政府も「自衛隊に協力するなら予算を出す」という方針を進めようとしている。

学者にもバカがいることは否定しないが、アベ水準のバカばかりではないのも事実である。故に軍事研究はしないという学会声明が出された。だが、これは学会だからできたことであって、知的弱者は反対するという概念すら持ち得ず、服従するよりない。

そうして、バカでも総理大臣になれるのだとして学習を放棄する若者がいても不思議はない。それと同時に、賢明な若者は勉強しても無駄だと感じるはずである。なぜなら、社会に於いて有力なポジションにいる者(首相を含む)であっても、漢字入り(ルビなし)の原稿を読むことができない現実を見ているからである。

あるポジションや地位に必要とされる能力を持ち得ずとも、そのポジションにおさまることができる。そうであれば、本来そのポジションにいるべき人が理不尽な理由で排斥されることになる。「結局は家柄」として、経済弱者の子弟は学習を放棄する。これを知って経済強者の子弟は何の学習しても無駄だとして放棄しそのまま大人になってしまう。その典型なのがアベとアソー。

アベとアソーの低劣の言動が報道される回数に応じて、優秀な子どもは芽を摘まれ、勉強が嫌いな子どもは図に乗る。どちらも勉強をしないのだから、全体の平均が下がるのは明らか。

しかしバカな国民、正確には思考を放棄した有権者ほど為政者に都合のよい存在はない。「それでもやっぱり自民党かなぁ」という輩が内閣支持率50%を形成している。「やっぱり」という言葉は、物事を検討する前に有力な選択肢があることを意味し、それを支持する人が少なくないことを意味する。「選挙は自民、野球は巨人」という輩は初手より思考を放棄している。

四捨五入すると五十になる小生、有事に徴兵されるようなことはないだろうし、体力の極めて劣る小生をも徴兵せねばならないような軍ならば、すぐに壊滅する。昨今は高齢者が自動車を運転することによって起こした事故の犠牲者も多いが、それを避けられたとすれば寿命や病気という生物学的要因ではなく、「国家の愚策」によって命を落とす可能性が一番高くなることになる。

戦時中の空襲の犠牲者とその遺族には、未だに何の保障もなされていない。

アベの矛盾について

  • 2017.03.11 Saturday
  • 21:44
中退とは言え、大学の四年生にまでなったので就職活動の経験がある。どこの企業を訪問しても「その分野のトップ企業、トップシェア、ガリバー」であり「ウチの会社がなければ社会が回らない」。

パッケージメーカーに運送業者、ベアリング、計測機器、製鉄……。

……、そうだろうよ。「必要とされる存在」と認識することにはある種の快感を伴う。そういうところを突いたのがアベの「一億総活躍社会」。しかし、誰もが大切な存在と考えることと誰もが社会で活躍する(べき)と考えることは全く異なる。誰しもが上記の企業のような存在になってしまうとどうなるのか?誰か一人が体調不良や家の事情で歯車の役割を果たせないとき、その瞬間、社会全体が崩壊することになる。

もうすぐ始まる春の甲子園、岩手県の不来方高校が21世紀枠で選出された。高知の中村高校も同じ。不来方高校の野球部は10人で、中村高校は16人だという。甲子園でベンチ入りできるのは18人らしいから、普通は強豪校の三年生でも「甲子園出場校なのに、甲子園に出られなかった」という悔しい思いをすることになる。それを考えれば恵まれているとも言える。

けれども中村高校はともかく(その中村高校も1977年に12人で出場したことがあり、その3年前にはあの池田高校が11人で出場している)、不来方高校はプレイ中に二人以上の負傷者を出したらどうなるのだろうか?このことを考えるだけでも、ベンチ入りの定員を満たしている高校でのグラウンドに出ない選手の存在の大きさがわかる。

このような消極的な意味での待機組だけではなく、積極的な意味での待機組も存在する。十年前の阪神である。「JFK」と称された、1イニングずつを分担して抑える投手リレー。相手チームは「6回までにリードを奪っておかなければ」というプレッシャーに襲われた。「JFK」の出番が来ない場合もあった。明らかに負けている場面もあったが、それまでに投げていた投手の調子があまりによかったか、打線が爆発して大量のリードを得ていたときである。このような「出番がないときの『JFK』」はいなくてもいい存在だったか。

話を一般社会に戻す「バックの存在はデカい」。そしてアベの政策にもう一言加える、「女性が輝く日本」。

活躍という言葉が好きな御仁らしい。だが、アベは男女共同参画社会に反対している。「共同」に反対して「輝く」を推し進める?単に夫唱婦随を社会規模にするに過ぎない。憲法24条の改訂も含めて「サザエさん世帯」の拡大、一般化に過ぎない。

小生は「サザエさん世帯」を否定はしない、望む人はそうすればいい。だが、国がそれを推し進めるというのは、他の様式の生き方(同性婚、母子家庭、単身世帯)の否定に他ならない。極めつけが稲田朋美の教育勅語賛同である。稲田朋美は刑法第二百条(尊属殺人罪)の復活も唱えている。父や母を殺した場合は死刑か無期懲役という条文である。親からの虐待など当たり前のように報道されている。当たり前であることを肯定しているわけではないが、そのような現実が存在するのである。女性であるならば、親から強姦されるケースもある。もちろん相手を殺すことは認められないが、このような状況でも相手を殺した場合の刑罰が「死刑か無期懲役」とはあんまりではないか。

参考:
刑法第二百条(現在は削除) 自己又ハ配偶者ノ直系尊属ヲ殺シタル者ハ死刑又ハ無期懲役ニ処ス


ならば反対は?親が子を殺した場合は?
単なる殺人罪である。死刑はおろか無期懲役になることも滅多にない。

短信

  • 2017.03.09 Thursday
  • 23:19
復旧しました。

各位

  • 2017.02.28 Tuesday
  • 23:16
「暫し、ネットから離れます」。


いや、メインとして使っていたiMacを修理に出すからです。iPhoneやiPadを使っての返答やTweetは可能ですが、混みいったことの発信は難しいです。


積ん読を崩して、充電しておきます。

サンドイッチ

  • 2017.02.22 Wednesday
  • 16:09
「ラストエンペラー」のときは気にならなかった。小生が17歳だったからであろう。

時間が流れた。

「ラストサムライ」という映画のタイトルに引っ掛かった。次に、「LAST LOVE」というケータイ小説を書籍化したものにも引っ掛かった。宇多田ヒカルのデビューアルバムのタイトルは [First Love] で、中森明菜を有名にしたのはデビューシングルの「スローモーション」ではなく「セカンド・ラブ」。

共通項は、どれも定冠詞が抜けているということ。「そんなもの(=定冠詞)どうでもいいじゃん」という人がいるのは知っている。それでそれで構わない、「そういう人とは話ができない」というだけ。塩胡椒を振りかけたパフェを美味いと感じるのはその人の自由で、けれども僕はそんなモノを食いたいたいとは思わないだけ。


さて。

「好物は何ですか?」とは、小生にとって一番困る質問である。質問には「飲料は含まない」という条件が含まれているようで、銀河高原ビールとは答えられない。そうするとタイトルのように答えるしかない。

「サンドイッチにもいろいろあるじゃないですか?」と問われる。確かにツナや玉子、ベーコンなどいろいろある「どれも好き」。言い換えれば「どれでもいい」。

「コックはイギリス人、警官はドイツ人、技師はフランス人、銀行家はイタリア人、恋人はスイス人」というエスニックジョークがある。イギリス人は食に無頓着ということらしい。事実、サンドイッチも18世紀のイギリスの公爵が言い出したのが起源とされている(実際は自然発生的に、紀元一世紀辺りに既に見られるという)。ま、その辺りはどうでもよい。小生がサンドイッチを好きな理由は二点である:

・マナーが要らない
・食器も要らない

そういう点では日本食の「おにぎり」も好きであると言える。要は食事が苦手なのだ。

拙宅に来た人が言う「食事はどこで?」。流石に来客のときは坐卓を出す。だが、オノレ一人なら別である。横にコーヒーでも置きながら、本を読んでいたりネットをブラウジングしていたりする間に自然になくなってしまっているような食べ物がいい。嘗て、宇宙食が市販されたが販売ベースに乗らずに撤退したという。なんと勿体ないことをしてくれたのだろうか。点滴だとか或いは胃瘻だとかというものを、常人にも提供してくれないものだろうか。食費の計算も簡単になるし、必要な薬もそこに混ぜれば飲み忘れも生じない。

白抜き:
朝:バナナと牛乳、青汁粉末をトマトジュースで溶いたもの
昼:コンビニまで足を運んで弁当
夕:納豆とキムチ、卵を混ぜたものの丼

米は当然パック飯である。「こんなのでいいの?足りるのぉ!?」とたまに言われるが、これでも一日に三回も食事をしなければならないのである。青魚が足りないと言われれば、出し用のいりこを買ってくる。スナック代わりに齧る。

好きとか嫌いとかではなく、興味がないのである。相撲で「どの力士が好き?」とか、プロレスで「どのレスラーのファン?」とかと問われるようなもの。相撲にもプロレスにも興味がないので、どんな力士やどんなレスラーがいるのかさえ知らない。みかんとオレンジとゆずときんかんとはっさくと……。栄養学的には大差ないと思われるので、この中ではみかんである「皮を剥きやすくて種がないから(食べるのにも片付けるのにも手間取らない)」。

モノの価値

  • 2017.02.20 Monday
  • 23:22
「それに6,000円の価値があるのですか?教えてください」
問われた小生は返答に窮した。

小生が紹介したのはMac向けのテンキー付きワイヤードキーボードだった。これ
現在は5,200円だが、紹介したときは為替の関係か6,000円ほどした。その人の持っている林檎はiMacとiPad miniの二台。現在のiMacについているのは、キーボードもマウスもワイヤレス。

「このキーボードならばテンキーもついていて、更にはワイヤードだから電池切れの心配もない」
とメリットを説明したものの、「高い」と一蹴された。

その半年後、こちらの携帯電話が鳴った「キーボードの電池切れと画面に出ているのだが、どうやって交換すればいいのか?」。そのときのエントリ、これ

販売価格はそのモノの価値を現すという考え方があり、大方は同意する。しかし、買い手の価値にも大きく左右されることを知った。たとえばこの場合、自宅にMacもWindowsも、要はキーボードを接続するような機器がない場合、どれだけ便利であっても6,000円は無駄である。

定年退官された先生であるから、年金暮らし。そうであれば商品に対する価値も変わってくる。だが、退官後も何度も欧州を往復され、その度に百冊を超える本を購入される先生である。「6,000円あれば昼食20食分を賄える」という派遣社員とは異なる。

よって、6,000円のキーボードを紹介した。しかし「価格相応の価値があることを教えてくれ」と問われた。……、応えることはできなかった。

プライバシー

  • 2017.02.14 Tuesday
  • 21:56
ふと思いついて、固形石鹸を小さな洗濯ネットに入れてトイレのタンク内に吊り下げてみた。今日で三日。劇的な変化はないものの、トイレ内が汚れにくくなったように感じる。

最近、買ったもの:


いや、今までも、通販で何かを買ったときの段ボールに貼られている宛名シールは全て剥がしてから出していた。しかし、小さな封筒やダイレクトメールのそれは「燃やすゴミ」のゴミ袋に入れて出していた。ゴミ袋に黒いものを使っておけば、これで間に合った。だが、今月からは透明か半透明のゴミ袋で出さなければ、回収してくれなくなった。燃やすゴミの袋の中に空き缶を入れる輩が絶えなかったからだろう。今までもゴミ収集の人が、怪しいと感じたゴミ袋に対して一部分を開封してルール外のものが入っていると持って行ってくれなかった。

「透明か半透明のゴミ袋」は嫌だが、ゴミ出しのルールを守らなかった市民としてのツケである。そうすると、このようなプライバシー確保のための道具を用いざるを得なくなる。

使ってみた感じは悪くない。この方式では完璧な抹消は不可能だが、そこまで要求するならばシュレッダーを使うべき。



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