粘着質

  • 2014.06.18 Wednesday
  • 05:14
小生には些か珍妙な習慣がある。珍妙な習慣があると今更云ったところで、普段の生活様式が一般的な四十代と懸け離れていると思われるので(たとえば靴は一足しか持っていなくて、それは一年に一度履くかどうか)、己の日常生活の断片を述べるだけかもしれない:

「英文を読んでいるときに、高校生向けの単語集での語義を確かめてしまうのである」。

勿論、不明瞭な単語は先ず、ジーニアス英和辞典で調べる。が、小生の読む英文は大学入試で使われたものかそれと同水準のものであり、それでもって予備校で英語を教えていた経験もあるので、受験生が覚えるべき単語の大半は受容語彙になっている。

一つ前のエントリに出した [wear] にしても [wear one's hair long] の言い回しが受験生向けの単語集(正確には熟語集)で取り上げられていたのを覚えていたので、ジーニアスで「通例、こんな面倒な言い方をするのだろうか」と確かめただけである。

・システム英単語(初版・駿台文庫)
・入試英単語の王道2000+50(改訂版・河合出版)
・英単語2001(河合出版)
・英単語分野別(河合出版)
・受かる英単語ソクラテス2088(学研)
・速読英単語上級編(増訂2版・増進会出版社)
・試験に出る英単語(改訂新版・青春出版社)
・コンパニオンチェック英単語(山口書店)
・英単語ターゲット1900(3訂版・旺文社)
・英単語ターゲット1400(3訂版・旺文社)
以上、手許の単語集

・英熟語Always1001(河合出版)
・英熟語1001(河合出版)
・試験に出る英熟語(増補改訂版・青春出版社)
・システム英熟語(初版・駿台文庫)
・受かる英熟語ソクラテス1088(学研)
・秘伝の英熟語(河合出版)
以上、手許の熟語集
※並べ順は、何れも主観により信頼できそうな順

[wear one's hair long] を覚えるべき単語や熟語として掲載しているものはこれらの中にはないが([wear] について覚えるべきとされるのは精々、[wear out] までである)、「英熟語Always1001」と「英熟語1001」での [persist in] の例文として、

The boy persisted in wearing his hair long.

と、どちらにも載っているのである。前者においては覚えるべき熟語3段階のうち3段階目に難しいグループ、後者においては覚えるべき熟語4段階のうち3段階目に難しいグループに属している。 [persist in] の後には現在分詞がくることを説明したいのだろうが、例文としては不適切である。尚、この熟語を扱っているのは他に「試験に出る英熟語」「受かる英熟語ソクラテス1088」の二冊である。

前者においては、

He persists in his opinion.
She persisted in wearing the old-fashioned hat.

と、それなりの例文が載せられているが、後者においては、

You should persist in your efforts to learn English.

と首を傾げたくなる例文が載っている。 [persist in] は「(どうでもいいことに)固執、執着する」という意味であるので、「[your efforts to learn English] はどうでもいいことなのかい?」と問いたくなる。しかもこの例文は中央大学の入試で使われたという但し書きまであるので、中央大学の英語教員のセンスも同時に疑うことになる。

また、「信頼してはならない辞書、単語集、熟語集」の選別基準として「 [senior] (或いは [junior])の語義説明」がある:

「[senior (junior) to] を平気で載せているものは使ってはならない」。

ところが、上記の単語集のうち「システム英単語」「英単語分野別」「試験に出る英単語」「速読英単語上級編」以外は全てこの語義を載せている。熟語集でも「システム英熟語」「秘伝の英熟語」が扱っている。一方、ジーニアス英和辞典ではちゃんと「まれ」として注意してある。流石は語法を売りにする辞典である。

試しに [be senior to] のbe動詞を全ての活用形でGoogle検索するとよくわかる。実際に使われている英文においては [is senior to] で一件引っ掛かるだけであって、他は全て「日本で行われる試験の英文法問題」でしかヒットしない。

更に言えば、大学入試の過去問を見てこのような問題を出す大学であれば、受験を控えるべきである。

無責任な一人称複数での説明について

  • 2013.10.05 Saturday
  • 21:39
以前、石川遼の英会話教材について拙ブログで触れたことがある。こちら

しかし、「聞くだけでマスターできる教材」としては「エブリデイイングリッシュ」の方がよく売れているらしい:

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ただ、宣伝文句には同じようなフレーズが使われている「周波数が違う」:

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以上のGIFアニメは、エブリデイイングリッシュのサイトから拝借。
このサイトのトップには「なぜ、日本人は英語を聞き取れないの?」という何の根拠もない質問がある。
「日本人は」と一人称複数(三人称複数ともとれるが、文脈より一人称複数と判断できる)を用いることにより、「あなたも私も私たちの友人も英語を聞き取れない」と誤認させられる「日本人外交官の存在をどう説明する?」。だが、誤認ではあるのだが、一部の人にとっては真実と合致するのだろう。常日頃、全く英語に接することのない人、何かを購入して英語のマニュアルがついていたとしても、「英語だから」と読まない人である。

ネットさえあれば、リアルタイムでThe New York TimesもThe Washington Postも読むことのできるご時世である。iPhoneのアプリに入れておけば、The New York Timesの速報まで入ってくる。つまり、積極的なアクセスなしに日常生活に英語が入ってくる状況なのである。

「『どうして日本人は英語を話せない?』という宣伝文句に共感する人は、敢えて英語を忌避している人である」と類推することは容易い。「敢えて英語を忌避」しているのであるから、その人達の一人称複数は英語を話せない人で構成されることになる。

拙ブログからのリンクが続いて恐縮であるが、「既知と未知、無知」、語学の習得にある程度の暗記が必要であることは否定しない。しかし基本的なルール(文法)を無視して条件反射の訓練したところで、習得した特定のパターンのやり取りしかできず、未知の表現には白旗となる。

敢えて言う:

「英語を読めないのは、あなたの努力不足によるものです」。

Unconsious Omissions

  • 2013.09.25 Wednesday
  • 20:28
明確な社会的ポジションにいるわけではないので、身分を訊かれると返答に窮する。
したがって「作曲家」と記載した名刺を財布に数枚忍ばせている。この身分は自称であるが、実際に曲を作ることはあるのだから構わない。抑、公的な資格ではないので、鼻歌を作るだけの人でも名告ることができる。酒井法子の元夫は「自称プロサーファー」だったそうだが、サーファーの世界にはプロを認定する組織があるらしく、クレームがついた。

名刺に記載してあるのは、住所と電話番号(固定とIP)、メールアドレス、QRコード、そして氏名である。

QRコードの存在は無視されることが多いが、そういう人とは話が進むはずもないので表面的な挨拶を交わして退散する。存在に気づいてくれた人は携帯電話で読み取ってくれる。こちらに誘導するだけで、このこと自体に大きな意味はない。大したサイトでもない。

しかし、

・簡単ではあるがサイトを作ることのできる人
・そのサイトへのQRコードを自作できる人

と認識してくれる人はいる。たかが名刺一枚ではあるが、こちらはこれで相手のリテラシーを測っているのである。

ただ、「名刺」であるので最初は小生の氏名を確かめられる。難しくはないのだが簡単に読める名前でもないので、「どのようにお読みするのですか」と訊かれることもある。今日も訊かれた。

こういうことが何回かあると、「世の中にはアルファベットをオミットする人がいるのだな」と認識する。
漢字で記した氏名の上に、ローマ字で小生の氏名を記しているのである。

小生とて楔形文字やアラビア文字が近くに記載されていたとすれば、その存在を認識した次の瞬間に「読めない、関係ない」と反応する、はずである(そのような名刺を貰ったことがないので、推測)。十年くらい前まではそこに「ハングル」も入っていた。けれども、一つの文字が子音と母音からなっていると知ったときから、駅での案内板などにハングルが記載されていると、「韓国ではこのように発音するのか」と暫く眺めていることが多い。

ここで「ローマ字」である。もちろん、アルファベットである。
この国に英語アレルギーの人が少なくないことは、英会話教材の宣伝でわかる。パソコン教室のインストラクターをしていたとき「英語ばっかりや」と嘆息したおっさんがいたが、教材として用いていたテキストには英語表記はなかった。カタカナでさえ英語として認識されることにカルチャーショックを覚えた。アルファベットなんて論外なのだろう。

「小生が楔形文字やアラビア文字を接したときと同じ感覚で、アルファベットに接する人がいる」

今日の午前中に「どのようにお読みするのですか」と訊いてきたのは、民主党の地方議員であった。

あなたの英語力について二分で診断します

  • 2013.08.04 Sunday
  • 21:35
紙とペンを用意してください。
使うのはそれだけです。辞書や携帯などを使ってはいけません。
パソコンなど論外です。

いいですか、ではいきます:

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七つの曜日の名前と十二の月の名前を書いてください

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リスニングやら文法やら、他にもいろいろと強調されることはありますが、
上記の十九の単語を手書きできないのであれば、全ては無駄です。

できれば十二の月の名前について、睦月から始まる旧暦における月の名前も示してください。
特別なことを訊いているワケではありません「義務教育で習ったはずのことです」。

The Fine Art of Doing Nothing

  • 2013.07.29 Monday
  • 21:04
 Our awareness of time has reached such a pitch of intensity that we suffer acutely whenever our travels take us into some corner of the world where people are not interested in minutes and seconds. The unpunctuality of the Orient, for example, is appalling to those who come freshly from a land of fixed mealtimes and regular train services. For a modern American or Englishman, waiting is a psychological torture. An Indian accepts the blank hours with resignation, even with satisfaction. He has not lost the fine art of doing nothing. Our notion of time as a collection of minutes, each of which must be filled with some business or amusement, is wholly alien to the Oriental, just as it was wholly alien to the Greek. For the man who lives in a pre-industrial world, time moves at a slow and easy pace; he does not care about each minute, for the good reason that he has not been made of the existence of minutes.
 This brings us to a seeming paradox. Acutely aware of the smallest constituent particles of time ― of time, as measured by clock-work and train arrivals and the revolutions of machines ― industrialized man has to great extent lost the old awareness of time in its larger divisions. The time of which we have knowledge is artificial, machine-made time. Of natural, cosmic time, as it is measured out by sun and moon, we are for the most part almost wholly unconscious. Pre-industrial people know time in its daily, monthly and seasonal rhythms. They are aware of sunrise, noon ands sunset; of the full moon and the new; of spring and summer, autumn and winter. Pre-industrial man was never allowed to forget the majestic movement of cosmic time.
 Industrialism and urbanism have changed all this. One can live and work in a town without being aware of the daily march of the sun across the sky; without ever seeing the moon and stars. Broadway and Piccadilly are our Milky Way; our constellations are outlined in neon tubes. Even changes of season affect the townsman very little. He is the inhabitant of an artificial universe that is, to a great extent, walled off from the world of nature. Outside the walls, time is cosmic and moves with the motion with the sun and stars. Within, it is an affair of revolving wheels and is measured in seconds and minutes ― at its longest, in eight-hour days and six-day weeks. We have a new consciousness; but it has been purchased at the expense of the old consciousness.




「時間の有効利用」「隙間時間の活用」が叫ばれる昨今、何もしないことは罪に等しく看做されることがある。
「うだうだ、ごろごろ」本日の小生。

多分、今日という日がなくとも明日以降の己の生活に大きな影響を及ばさない。「燃やすゴミ」を出さなかったらゴミが溜まることになるが、そのくらいである。組織に属していない人間の特権。いや、組織に属そうとはしたんだよ。だけれども、「(ウチの)組織には不適格」と数え切れないくらい跳ね返された。

「何もしなくてどうするの?」「どうもしませんよ」。

上記英文は、1978年より前に長崎大学の入試で使われた素材である。素敵な英文。

英語の習得について

  • 2013.06.20 Thursday
  • 14:09


別のところで英語の学習について訊かれたので、ちょっとまとめてみる。

だれでも歩くことはできるが、歩くときの筋肉の動きを説明できる人は少ない
これは伊藤和夫「英文解釈教室」のはしがきの、而も出だしの文章である。
上の動画は言わずと知れたHONDAのASIMO。これの設計には医学の解剖学の分野まで立ち入ったものと思われる。

もう一つ引用:
「英語を読むコツは、一度覚えたら忘れない。努力のすえに自転車に乗れるようになった子供が、大人になってもバランスの取り方を忘れないように。一度泳げるようになった子供が、体でその感覚を記憶し続けるように、決して忘れることはない」
これは佐藤正午「象を洗う」の一節。

英語の習得というものは、ASIMOの設計に似ている。
英語を普段使う人が無意識のうちに行っているアタマの動きを、意識の領域に浮き上がらせ、その構造(文法や構文と呼ばれるものである)を理解し骨肉化することこそが「英語の学習」である。

わからない単語を闇雲に辞書で調べ単語毎の訳語をつなぎ合わせて「ワヤク」なんてやっていては、絶対に修得できない。

英語だけの環境や、意識的に構造を把握しようとしない「聞くだけ」での方法でどのくらい修得できるのかはわからない。ただ言えることは、それは自分一人でASIMOを設計すること、即ち解剖学の領域まで独学する作業からの設計と変わらない。英語で言うならば、既にわかりやすい「ASIMOの設計書」が書店に数多並んでいるというのに、どうしてそれらを使わないのだろうか?

速読だのパラグラフリーディングだのといったものは、後からなんとでもなる。佐藤正午さんの喩えを借りるならば「タイムを計る前に泳げなければ話にならない」。正しい泳法を身につければ、タイムは自ずとアップしていく。

ゆっくり読んでわからないものが、速く読んでわかるはずがない

誰が考えても当たり前の話である。もう一つ付け加えるならば、「読んでわからないものが聴くだけでわかるはずもない」。

「構造を把握して理解したものを、目で追いながら何度もリスニングする」リスニングの能力を上げる方法はこれ以外にない。

Stalking the word "Stalk" !

  • 2013.06.02 Sunday
  • 16:57
先週末のローカルニュースで「ストーカー被害と警察の対応」を報道していたので、
26ch 2013-06-02 16:34:36.png

ジーニアス英和辞典に手を伸ばしてみた:
第2版:
2013-06-01 19.24.01.jpg


第4版:
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語義の説明に大差はないが、第2版では自動詞の説明が先に来ていたのに対し、第4版では他動詞が先に来ている。更に、第2版の他動詞での第一義と第二義の間に、第4版では新しい説明「<人>にしつこくつきまとう。ストーカー行為をする」が入っている。即ち、第2版と第4版の間に「ストーカー(行為)」という言葉と概念が日本語に入ってきたことを意味する。

飽き足らずに書斎から大学受験用の単語集を引っ張ってきた:
・ターゲット1900(旺文社)
・試験に出る英単語(青春出版社)
・英単語分野別(河合出版)
・ソクラテス2088(学研)
・チェック英単語(山口書店)

以上には記載なし

「英単語2001」(河合出版)には「(植物の)茎」とだけ説明があり(p. 224)、同じく河合出版の「入試英語の王道2000+50」では現代社会の特色語として [stalking (behavior)] (ストーカー行為)があり(p. 381)、「システム英単語」(駿台文庫)でやっと「最難関レベルの単語」として「忍び寄る」という説明があった。

これらから察するに、「日本の大学受験生が覚える必要があるとは言えない単語」のようである。小生が初めて入試問題でこの単語を目にしたのは札幌を離れてからのことだろうと思い返し、調べてみると1996年の京都大学の入試問題で出ていた。




  The domestic cat, that sits purring so tamely in front of the fire, has a secret wild life outside. It will walk out into the garden to stalk its pray, seizing it with sharp claws before giving a death bite with its dagger-like front teeth. The instinct of the cat is to hunt ― whether its pray is an expensive cat toy in the house or a defenceless little shrew in the garden. This ability was highly valued in the past. Cats ware natural pesticides keeping down the numbers of mice and rats in farmyards, barns and mills. But, aaas, it is not only mice that are caught. A study of what the cat brought home in English village shows that they also caught sparrows, song thrushes, robins and blackbirds.

  There is something devilish in the way a well-fed cat will play with a terrified mouse, batting it up in the air, pouncing again on it, then setting it free again so that the chase can go on. Like man, they will kill for sheer pleasure, not for hunger. Above all, the cat can survive without man's help. It is truly independent. The cat as the ethologist Konrad Lorenz put it, 'remains an independent, wild, little panther'. It is a paradoxical pet ― a tame animal with all the skills of a wild being.

  In both town and country there are two cat populations ― the plump pet moggies, fed to the brim with expensive cat food, and the wild or half-wild strays which live off the mice in the fields and barns or plunder the town's dustbins at night. Some cats move between these two worlds with ease and the angel in the home becomes the devil outside on the streets. This way cats have the best of both worlds ― regular meals and warm naps under the radiator inside, and the excitement of exploring the rooftops, hunting, and perhaps fighting outside. We often do not know much about the private lives of our own cats. From inside the house we hear the unearthly caterwauls of a mating ritual or mysterious spitting stand-offs for territory.

  This wildness at the heart of a cat is a great attraction to the true cat lover. Animal lovers though we are, we may feel a pang of pride, when we see our cat proudly bringing home a large mouse or even, maybe, a rabbit. Perhaps the cat's hunter heart speaks to the savage instinct, that is still alive in women and men despite thousands of years of suppression.

  Three or four generations ago, the cat's hunting instinct was taken for granted. Poets and writers saw it merely as part of its usefulness to man. But as civilization imposes its petty rules and regulations on us all, it becomes a thing to marvel at.




英文自体は然程難しくなく、[defenceless] とあるのでイギリスの英語だとわかる程度(アメリカの英語だと[defenseless] )。

この英文は速読英単語上級編(増訂第2版・増進会出版社)の綴込付録にも収録してある。
「京都大学の長文読解問題には見慣れない英単語が非常に多く出題されます。つまり『速読英単語』の『上級編』にさえ掲載されていないような難解な単語がたくさん出ます。これらの単語も覚える必要があるのでしょうか」
という質問に対する答えとして取り上げられている。この英文の中では、

[purring] [stalk] [claws] [shrew] [pesticides] [thrushes] [pouncing] [ecologist] [plump] [moggies] [plunder]

これらが「速読英単語」には出てこない単語として検証されている。[stalk] については「前後の文脈から『忍び寄る』という意味合いの動詞であることは十分類推可能」としている。

2013年の現在「エコロジスト」と共に、誰でも知っているカタカナ語。京大を受けるような受験生ですら知らなくてよいとされる英単語が日本語の常用語に組み込まれるというのは、なかなか興味深い。

英語ブログ?

  • 2013.04.15 Monday
  • 20:59
なんだか、英語関係のエントリが多くなってきた。
中卒中年の戯れ言にすぎんのに、その方面のアクセスが先月あたりから急増。
なんでやろ?

  The notion that every problem can be studied as such with an open and empty mind, without knowing what has already been learned about it, must condemn men to a chronic childishness. For no man, and no generation of men, is capable of inventing for itself the arts and sciences of a high civilization. No one, and no one generation, is capable of rediscovering all the truths men need, of developing sufficient knowledge by applying a mere intelligence, no matter how acute, to mere observation, no matter how accurate. The men of any generation, as a French philosopher once put it, are like dwarfs seated on the shoulders of giants.
  If we are to "see more things than the ancients and things more distant" it is "due neither to the sharpness of our sight nor the greatness of our stature" but "simply because they have lent us their own." For individuals do not have the time, the opportunity or the energy to make all the experiments and to discern all the significance that have gone into the making of the whole heritage of civilization. In developing knowledge men must collaborate with their ancestors. Otherwise they must begin, not where their ancestors arrived but where their ancestors began. If they exclude the tradition of the past from the curriculums of the schools they make it necessary for each generation to repeat the errors rather than to benefit by the success of preceding generations.

※フォント茶色は小生による

これは、25年以上前に東京大学の入試英語で使われた英文。英文の前に置かれていた日本文は「次の文を読み、その用紙を80字から100字の日本文で書け。ただし、句読点も字数に数える。」だけ。他の大学では余り見られない、東大独自の「大意要旨問題」。

この英文は、その後10年以内に早稲田の理学部でも使われた。
入試英文の素材探しが、どれだけ難しいかを垣間見ることができる。

早稲田で使われたときは一つ目の茶色の部分が
[Bernard of Chatres put it]
と、恐らくオリジナルの英文にあった人物名が使われ、二つ目の茶色の部分は使われなかった。つまり、
[Otherwise they must begin, not where their ancestors arrived but where their ancestors began. ]
で終わっていた。

以下、東大の問題に対する解答と全訳(駿台、伊藤和夫)と、早稲田の問題に対する全訳(増進会、風早寛):

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あらゆる問題は独力で虚心に立ち向かうことで解決できるという考えは誤りである。個人も世代も単独でなしうることはきわめてかぎられている。文明の進歩は過去からの遺産に立脚してはじめて可能となる。(93字)
---

===
 どんな問題でも、それ自体を心を開き空しくして研究することが可能であり、これまでの研究の成果を知らなくてもよいとする考え方をとれば、人間はいつまでも子供の状態を脱することができないにちがいない。いかなる個人もまた世代も、単独では高度の文明の芸術や科学を作り出すことはできないからである。個人も世代も一代のうちに人間に必要なすべての真理を再発見し、十分な知識を得ることは、いかに鋭敏な知力をいかに正確な観察に向けるとしても、それだけでは不可能なのである。あるフランスの哲学者がかつて述べたごとく、いかなる世代の人間も巨人の肩に坐った小人に等しいのであって、かりに我々が古代の文明人より多くの物を見、視野が広くなっているとすれば、それは視力が鋭敏であるためでも身長が高いためでもなく、単に祖先のものを利用させてもらっているからにすぎない。
 個人に与えられる機会と精力だけでは、文明の遺産全体の創造に役立ってきたすべての実験を行い、すべての重要事を認識することはできないからである。知識を発達させてゆくときには、人間は祖先と協力しなければならないのであって、そうでないと祖先が到達した所からではなく、祖先が始めた所から始めなければならなくなる。学校の教科課程から過去の遺産を排除すれば、各世代は先行する世代の成功から利益を得るよりむしろ彼らと同じ誤りを反復せねばならぬこととなる。
===


===
 屈託のない愚かな考えで、先入観を持たず、すでにわかっていることを自分では知らなくても、いかなる問題もそれなりに研究できるものだと思っているとすれば、人間というのは永遠に子供っぽい存在のままでいなくてはなるまい。というのは、いかなる人間も、いかなる世代の人間も自分だけの力で高度な文明の芸術や科学を産み出すことはできないからである。だれ一人として、また、どの一つの世代も、人間が必要とするすべての真実を発見し直すことはできないし、いかに鋭くても単なる知性を、いかに正確であれ単なる観察に生かすだけでは十分な知識を開発することはできないのである。シャルトルのベルナールが言ったように、いかなる世代の人間も巨人の肩に坐っている小びとのようなものである。もしもわれわれが「古代人よりもより多くの物を見ることができ、また、より遠い距離にあるものを見ることができる」としても、それは「われわれの視覚が鋭いためでも、身長が大きいからでもなく」「古代人がわれわれに彼らの視覚と身長を貸してくれているだけのこと」である。
 というのは、個人はすべての実験をし、受け継いだすべての文明の形成の理由となった意味を認識する時間も機会も気力も持っていないからである。知識を発達させるには、人間は祖先と協同して行わなければならない。そうしないならば、人間はその祖先が到達したところからではなくて、祖先が始めたところから始めなくてはならないからである。
===

大学入試における「日本語に訳せ」が「英文の構造と意味を理解していることを、日本語に置き換えることによって示せ」と同意である以上、駿台の全訳もZ会の全訳も正解として差し支えない。しかし「英文を日本文として再構成する」という翻訳の段階に進んだ場合、Z会の訳文では心許ない。日本語として非常に不自然であり、英語の文構造にある程度精通している者でなければ、この日本文だけで筆者の意を汲むのは難しい。





「nisizen」さま
山椒辞書mobileの缶コーヒーカンパ、誠にありがとうございました。
缶コーヒーカンパ、久方ぶりに頂戴。

英語のリスニングは苦手です

  • 2013.04.02 Tuesday
  • 10:53
来月42になる小生は、入学試験においての英語のリスニングテストを受けたことがない。
助かった。

日常英会話では身振り手振りや表情とともに意思疎通を図るので、なんとかなっている。
然し乍ら、下記のような「スピーチ(?)」を題材にされたらお手上げである。小生の英語力では無理である:



二種の語族

  • 2013.03.21 Thursday
  • 16:13
日常的に用いられる言語として「日本語」を使っているのは、この国だけである。そうしてこの国には、認めたくない人もいるかもしれないが「言葉を使える人」と「言葉の使えない人」の二つの分類が可能である。

先ずは、少々長いが内田樹先生のブログ「言語を学ぶことについて」より:

2002年に文科省はグローバル化する世界を生き抜くためには英語運用能力が必須であるとして、「英語が使える日本人」の育成のための戦略構想を発表した。それから10年経った。日本の子どもたちの英語運用能力が上がったという話は誰からも聞いたことがない。
大学サイドから見ると、新入生の英語力は年々劣化を続けていることは手に取るようにわかる。進学にも、就職にも、英語力は絶対に必要であると官民あげてうるさくアナウンスされているにもかかわらずその教育成果は上がらない。なぜか。
英語力の必要が喧しく言われるようになってからむしろ英語学力が低下したという事実は一見背理的であるが、考えれば説明がつく。
教科を習得したときの「報償」が学習開始時点であらかじめ開示されているからである。
報償があらかじめ示されると、学習意欲は損なわれる。考えれば当たり前のことである。
「ここまで到達すれば、こんないいことがある」という利益の提示があれば、子どもたちは必死になって勉強するだろうと大人は考えるが、そんなことは夫子ご自身を省みればありえないことが知れるはずである。
「ここまで到達すれば、こんないいことがある」という利益が事前に開示されていた場合、人間は「では、どうやって最短時間、最小エネルギー消費で、『そこ』にたどりつくか」を考えるからである。最小の努力で、最大の報償を得る方法を考える。費用対効果の最もすぐれた学習方法を探し始める。当たり前のことだ。
日本の子どもたちも大人と同じように合理的に思考した。だから、「最小の学習努力で、高い評価を得る方法」を考えたのである。
文科省やメディアの口ぶりを見るとどうやらTOEICで高いスコアを取ることが英語学習上もっとも報償が高いらしい。では、最小の学習努力でTOEICのスコアを上げる方法を考えよう。そういう流れになる。さいわい書店にはその手の本が並んでいる。「6週間でスコアが100点上がる方法」とか、「居眠りしながらヒアリング能力が向上する方法」とか、いくらでもある。
むろん子どもたちは「6週間で100点上がる方法」より「3週間で100点上がる方法」を選ぶ。
「1週間で」という本があればそれを選ぶだろう。
そういうものである。事前に「獲得できる報償」が示されれば、子どもたちは「最短距離」を探す。
だが、そうやって最短期間に最高効率で身につけた英語力は、むかしの子どもが何年もかかって英語の小説を読んだり、英語の映画を見たり、英語の音楽を歌ったりしながら、じわじわと身につけた英語力と比べたときに、その厚みや深みにおいて比較にならない。「英語ができるといいことがある」というアナウンスが始まってから英語力が劇的に低下したことの説明はこれでつく。

でも、それでは、子どもたちの国語運用力も同時に低下していることの説明がつかない。というのは、国語についてはそもそも「国語ができるといいことがある」という報償の提示さえなされていないからである。
だから、国語のスコアを上げるための効率的な「ショートカット」を子どもたちも親も別に必死で探していない。
少なくとも私は保護者たちから「どうしたら最低の学習努力でうちの子どもの日本語運用能力を向上させられるでしょうか?」といったタイプの功利的な問いを向けられたことがない。
これはたぶん「日本人であれば、誰でも日本語は十分に使いこなせる」という前提を彼らが採用しているからである。
日本の子どもたちは「すでに十分に日本語運用能力を備えている」とされており、あとはただそれを数量的に増大させること(語彙を増やす、読書量を増やす、読書や書字のスピードを上げるなど)だけが問題なのだと人々は信じている。子どもも親も教師さえ、そう信じている。
だが、それは「ありえない」話なのである。
もし親の一方がアメリカ人で、家庭内では英語で会話しているという子どもが英語の成績がよければ、周囲のものは「アンフェアだ」と思うだろう。
だが、親の一方が熟達した日本語の遣い手であるために、子どもの国語の成績がいいことを「アンフェアだ」と言い立てるものはいない。
「熟達した日本語の遣い手」というものがありうること、長期にわたる集中的な努力なしには、そのような境位に至り得ないことを人々は認めたがらない。
だが、もちろんそのような文化的環境は存在する。それによる言語運用能力の差異は歴然として存在する。
でも、それを認めない人たちは自分が用いる日本語を豊かなものにすることに何の関心も示さない。
英語を最小の学習努力で習得しようとする費用対効果志向と、日本語はもう十分できているので、あとは量的増大だけが課題だと高をくくっているマインドセットは根のところでは同じ一つのものである。
どちらも言語というものを舐めている。 
言語というのは「ちゃっちゃっと」手際よく習得すれば、労働市場における付加価値を高めてくれる技能の一種だと思っている。
そこには私たちが母語によっておのれの身体と心と外部世界を分節し、母語によって私たちの価値観も美意識も宇宙観までも作り込まれており、外国語の習得によってはじめて「母語の檻」から抜け出すことができるという言語の底深さに対する畏怖の念がない。言葉は恐ろしいものだという怯えがない。

言語教育を主管する文科省の発令する文書を読むたびに、これを起草する人たちは言語というものをつくづく侮っていると思う。言語を憎んでいるのかと思うことさえある。
「国語力の増進」というような言葉を平然と使える言語感覚が鈍感さを私は責めようとは思わない。だが、それほどに言語感覚の鈍感な人間が言語についての政治を統制している事実の前にすると、暗い表情でうつむく他にとるべき姿勢を思いつかないのである。


これに関連して、朝日新聞デジタルの今日の記事より:

教育格差、6割が「容認」 朝日新聞・ベネッセ共同調査

 朝日新聞社とベネッセ教育研究開発センターが4年に1回、共同で実施する小中学校保護者意識調査の3回目の結果が20日、まとまった。全国の公立小中の保護者6831人の回答を分析すると、土曜日に授業をする「学校週6日制」(隔週6日も含む)に80・7%が賛成。教育格差については「当然だ」「やむをえない」と答えた人の合計が初めて半数を超えた。塾や習い事など学校外教育費への投資は頭打ちになった。

 「学校週6日制」は文部科学省が検討を始めている。すべての土曜日を休む現行の「完全学校週5日制」への支持は17・9%。これに対し、月2〜3回授業をする「隔週6日制」は57・3%、「完全週6日制」は23・4%だった。

 一橋大の山田哲也准教授(教育社会学)は「脱『ゆとり教育』の流れの中、学力をつけてほしいという考えの表れでは」とみる。

 完全週6日制を望む保護者を学歴別に見ると、「父母とも非大卒」が24・5%で、「父母とも大卒(短大卒も含む)」(20・5%)より4ポイント高い。経済的なゆとりの有無では、「ゆとりがない」と答えた層が25・5%で、「ゆとりがある」層(20・3%)を5・2ポイント上回っていた。「共働きの家庭が増え、少しでも学校に子どもの面倒を見てほしいとのニーズもあるのでは」とみる研究者もいる。

 「完全週5日制」の続行を支持するのは小学校が18・5%で中学校(16・6%)を1・9ポイント上回った。「父母とも大卒」層が23・3%と、「父母とも非大卒」層(15・1%)より8・2ポイント高い。経済的に「ゆとりがある」と答えた層も21・3%と、「ゆとりがない」層(15・4%)より5・9ポイント多かった。

 教育格差をめぐっては、「所得の多い家庭の子どものほうが、よりよい教育を受けられる傾向」を「やむをえない」と答えた人(52・8%)が、2008年調査の40・0%を大幅に上回り、「問題だ」と答えた人(39・1%)を逆転した。教育格差を容認する保護者は、「当然だ」(6・3%)を合わせると59・1%に達し、計3回の調査で初めて多数派となった。

 経済の厳しさは、子ども1人あたりの月平均の学校外教育費にも影を落とした。08年調査では1万3986円で、04年より880円増えたが、今回は1万4168円でほぼ前回並み。中学生の保護者では前回を下回った。

     ◇

 〈朝日・ベネッセ保護者意識調査〉 昨年11月〜今年1月、「全国調査」として32都県53校の公立小2、5年生、中学2年生の保護者計8766人に調査票を配布。6831人の回答を得た。分析には、お茶の水女子大の耳塚寛明副学長、一橋大の山田哲也准教授の協力を得た。1回目調査は2004年、2回目は08年に実施。今回は初めて私立も対象にし、「東京都調査」として都内の公立中15校、私立中16校の2年生の保護者計3336人の回答も集めた。保護者の意識調査には、文部科学省や内閣府、日本PTA全国協議会などの例もあるが、5千人超の規模で、学歴や経済的ゆとり、教育政策への意見を継続的に調べているのは本調査以外にない。


朝日新聞の調査サンプルについての詳細はわからないが、「教育にはお金が必要」という前提のもとに調査が行われ、対象者もその前提のもとに答えているとしか見えない。

確かに、昨今言われている「教育」を受けるためには支援者(殆どは保護者である)の経済力が必要であろう。然し乍ら、「学習」は別物である。「これはどういう意味?どう考えるの?」と訊かれたときに一緒に考えて辞書を引いたりWebで調べたりする親や指導者がいる環境と、「(学校か塾の)先生に訊きなさい!」と突き放す大人のいる環境とでは、自ずと結果は異なってくる。

そこにテレビがある。ゴールデンタイムとされる時間帯の民放には、言葉を使えない「タレント」が跋扈している。その場その場が面白ければそれでいいという視聴者のニーズにも合致している。

メールを貰ったことがある:
「タモリがアコムのCMに出ていようと」「○○さんが養育費を払っていなかろうと」
これに続く台詞はどちらも「どうでもいいこと」だった。

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ここまで問題になっていても平然と「和民」を利用する人がいるが、恐らく同種の思考を持っているのだろう「美味ければ(楽しければ)いいじゃない?」。

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